心声について
このブログは、音声メインのブログです。
中国人老師の朗読を紹介していきます。
朗読の内容は、詩や文章など、心に響くような美しい文章を中心に紹介していきます。
中国語の「心の声」を聴いてみてください。
このブログではまず音声を紹介して、その次のエントリで内容を文章にしてアップロードしていきます。中国語の朗読を楽しむだけでなく、聴写やシャドーイング、翻訳の練習などに活用してみてください。
朗読担当は、中友会で教えていただいている小雨老師です。
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コメント
日本で留学している学生です。時には日本人のクラスメートと漢語の詩詞などについて語ることがありまして、どうしても解決できない問題に悩ませております。ここで質問をしてもいいでしょうか。良かったら是非教えてほしいです。
「意境」(中国語で言えば)ということろです。詩詞などの本文をどう訳しても、詩詞などの本文で使う文字のいいところをどう説明しても、創作した背景をどう紹介しても、他作との関係をどう話しても・・・本文の中で文字と文字の間にある言葉で伝えようがないモノがあると感じております。そちらはこの問題に関してどうお考え・感じ・なさいますか。
難解な日本語を書いてしまって、申し訳ありません。日本に来て足かけ8年間にもなる現在でも、日本語の勉強している途中なので、どうかお赦してください。
投稿: shaofeng | 2006/07/18 20時44分
コメントありがとうございました。
同感!同感!
『本文の中で文字と文字の間にある言葉で伝えようが
ないモノがあると感じております。』
私も同じ悩みを持っています。
昨日公開した李白の『早発白帝城』でも、
NHKの《漢詩紀行》の見解は中国人の私と随分違います。
李白25歳のとき、初めて故郷を旅たつときの喜びを
歌った詩だと説明しています。
まあ、1000年前の詩ですから、いろいろな説がある
のも不思議ではないのです。「求大同存小異」でいい
ではありませんか。
自分の考え方を人に伝えようとする気持ちは中国人
の私が理解できますが。今までの私もそうでした。
しかし、世の中にいろいろな人がいるのと同じ、いろい
ろな意見があるのも普通です。無理して自分の意見を
伝えようとする必要がないかもしれません。
これは私が日本に来てから学んだ哲学でした。
中国人からみれば、「中庸之道」ですね。
ほんとうにごめんなさい。
ぜんぜん答えになっていませんね。
興味があれば、またコメントをください。
投稿: | 2006/07/19 21時38分
shaofengさん、コメントをありがとうございました。
「文字と文字の間にある言葉で伝えようがないモノ」は中国の詩詞の中だけにあるのではないと思います。
何語であっても、どの国のものであっても、同じ詩を読んで感じることは読む人によって違うでしょう。詩を愉しむのに正しい・間違いはないし、好き・嫌いは人それぞれですよね。
私は中国語を学ぶようになって、詩詞を次第に面白いと感じるようになってきましたが、「意境」を味わうにはまだまだ程遠いです。「早発白帝城」は李白25歳の作、と言われれば、なるほどそうなのか、と偉い先生が言うことを鵜呑みにして私の想像の世界で解釈してしまいます。しかし、59歳の作ということを改めて聞くと、そうなのかもしれないな、だったらどんな気持ちだっただろうか?と、また想像を広げてみます。
100%書いた本人の気持ちどおりに理解することなど不可能ですが、それを想像したり、そのときの自分の感情と重ね合わせたりできることは面白さの一つではないでしょうか。
詩詞を紹介、解説したサイトはたくさんあると思うのですが、日本人向けに中国語で朗読が聴けて日本語で中国人の感想が書かれているものは少ないと思います。「心声」を通じて、漢詩は難しいものではないから、食わず嫌いにならないで「読む」んじゃなくてまずは「聴いて」感じてもらって、奥深い世界の一つの入り口になれたら嬉しいです。
平安貴族の間では白居易は大人気で、学問の神様の菅原道真も大ファンだったようですし、松尾芭蕉は杜甫の詩に大きく影響を受けていたと言われています。現代日本でも紹介の仕方によってはもっと面白いものとして詩詞が広まるかもしれませんね。(学校でももっと良い面を教ええてくれればいいのですが)
よろしければ、今後もこの場所(コメント欄)でshaofengさんが普段クラスメートの方々に伝えたいと思うことを書き込んでいってくださいませんか? 私や他のリスナーの方々の中にも詩詞についてもっと深く知りたいと思っている人はいると思いますよ。
投稿: youguizi | 2006/07/25 17時28分
わたくしのコメントに対してコメントを丁寧になさってありがとうございました。
コメントの中に言及した「文字と文字の間にある言葉で伝えようがないモノは中国の詩詞の中だけにあるのではないと思います。何語であっても、どの国のものであっても、同じ詩を読んで感じることは読む人によって違うでしょう。詩を愉しむのに正しい・間違いはないし、好き・嫌いは人それぞれです。」まさにその通りで、ただの何十個文字で書かれた詩が二千年間人々に愛されつつ、それこそその詩の「妙」のところです。もしそのような詩を芸術品に見なされたら、同じ詩を読んでも感じ取るものがそれぞれであることが理解し難くないのでしょう。
先日、コメントの中に「中庸之道」を触れられて、私が他人からよく耳にする言葉でもあります。その意味をなんとなく知っているようで実は知らないため、「中庸」という文章と解釈資料を探しまわってようやく手に入りました。学校が期末にあたってどうしても返事を遅らせてしまいました。「中庸」に関してまた独学中なので、難しくてあんまり進まないが、何か普段では皆によく使われている意味と違うような気がします。「中庸」の序編にこのようにかかれています。「子程子曰:不偏之謂中、不易之謂庸。中者、天下之正道、庸者、天下之定理・・・」我々は「中」と「易」の二文字に対しての理解が間違っているため、根本的な理解の誤までに至っているわけだと考えられます。
わたくしも最近cctv10の「百家講壇」という番組で李白などについて学術的に紹介される中で改めて李白に燃えるようになったのです。お貴いところで拝見したものと同じく、「早発白帝城」の創作時間では晩年の李白が流放される途中で皇帝の天下大赦ということを聞いた途端に創作したその当時で本人の情緒変化を伺える詩であります。夜郎にいくために江陵というところまで辿り着くのが何年間もかかったが、「千里江陵一日還」という気持ちになったことはどの嬉しさ、どの喜びを表わそうとしていたのをいうまでもありません。
「学校でももっと良い面を教えてくれればいいのですが」の一言で学校教育には・・・が伺えます。教育研究科に在学しておる私もなんとなく感じております。誰かの言葉ですが、はっきり覚えておりません。「認知のズレが学習の動機が生じる。」わたくしにとってもお貴いところで子ども時代に鵜呑みにして覚えさせられたものを異国で異国の言葉で改めて勉学するのが面白いことです。その面白さ・喜びが学習を促す推進力であることは正に自分の身で実証されつつであります。(変な言い方で笑わないでください。)
投稿: shaofeng | 2006/08/08 20時33分
またの考え深いコメントありがとうございました。
shaofengさんが教育研究科在学中で、教育のプロですね。
こんな専門家と交流できるのはほんとうにうれしいところです。
ぜひまたいろいろ教えてください。
私の勉強不足で「班門弄斧」のところがあれば、それも許してください。
「中庸之道」について、おっしゃるとおりですね。
もともとは「孔子」の「儒教」の中核思想で、「以徳為本」。
「不偏之謂中、不易之謂庸。中者、天下之正道、庸者、天下之定理・・・」
しかし、この「中庸之道」の運命は「孔子」自身の運命と同じ、
時代によって翻弄されてきました。統治者の需要によって
国の正統思想にしたり、反逆思想にしたり、普通の庶民は
どっちが正しいか分らなくなりました。「中庸之道」の本当の
意味は一体何か、専門家以外はだれも気にしなくなったのも
ほんとうのところです。「人云亦云」で使ってきました。
私もその1人です。
けれど、ahaofengさんのコメントのきっかけで、これからは
中国の伝統思想について勉強しようと思いました。
ほんとうにありがとうございました。
ぜひまたコメントをください。
投稿: 小雨 | 2006/08/12 17時11分
私は、2001年に、背中がものすごく凝ってて
中国式マッサージ店で、治療を受けた時、
すごく日本人のマッサージ店の時に比べて、すごく
よくなった!さらに、病院でもらった薬を飲んでも
良くならないうつ病も1回のマッサージでよくなった!それだけでなく、そこの治療院の廬という
上海出身の中国人は、中国武術のすごい技を使い、
私の腕をつかんだだけで、すさまじい勢いで、
わたしをそこの治療院の壁に当たった!彼らは、
世界1の人達だと思ったひと時でした。
投稿: 西 信博 | 2009/01/01 13時04分