『何日君再来』歌詞朗読と日本語訳文
何日君再来 日本語訳文:(小雨訳)
(一)
素敵な花はめったに咲かないよ、
奇麗な景色は一瞬に消えてゆく。
笑顔を見せたいのに、
なぜか涙がこぼれる。
今宵別れると、
いつ帰ってきてくれるの。
飲んでよ、おかずも食べて、
人生に燃える時は何回あると思うの、
今を大切にしないと。
セリフ(略)
今宵別れると、
いつまた会えるの?
(二)
「陽関三畳」を歌わないで、
お酒を注いであげる。
この心を言葉で伝えたい、
あなたの胸を暖めてあげたい。
今宵別れると、
いつ帰ってきてくれるの。
飲んでね、たくさん食べて。
人生に燃える時は何回あると思うの、
今を大切にしないと。
セリフ(略)
今宵別れると、
何日君再来?!
費玉清の《何日君再来》を聴く
小雨の一言:
日本語:
1936年、作曲家の劉雪庵が卒業した上海音楽専門学校の
同窓会でこの曲を即興創作しました。
タンゴ風で、ダンスをするためでした。
その時、自分の人生がこの曲のせいで大きく変わるのを
知る余地もなかったでしょう。
あまり奇麗な曲だったから、後ほど歌詞を付けられ、
映画の主題歌になって(周璇が歌った)、一挙大ヒットしました。
話によると、当時大人から子どもまでみんな歌えましたが、
歌詞の中にたくさんの古文が有ったから、本当の意味はあまり
知られていませんでした。
そして、当時正に日中間戦争の最中なのに、
日本語カバー曲もすぐできて、日本全国この歌に沸きました......
1957年、中国音楽学院の副院長にもなっていた彼は
「エロな曲で、植民地の支配に貢献した。」というような罪名で
「右派分子」に、さらに文化大革命中に酷く批判され、両目失明、
ホームレスまで、悲惨そのもの......
本人死後の1986年に(1985年死去。享年80歳)ようやく
名誉回復になりました。
人の運命って分らないものですね。
たかが一曲の歌だが、これこそ「運命」というものかと、
思わず「愁堆解笑眉 、牢牢撫君懷。」の心情になりそう。
中国語:
1936年作曲家刘雪庵先生在上海音专的同窗会上
即興創作了一首探戈乐曲,同学们在这轻松愉快的
乐曲声中,跳起了探戈舞......
当时的刘雪庵哪里会想到就是因为这一时的欢乐,
而改变了自己的一生。
因为此曲太动听,后被填上了歌词,成了电影的主题歌,
一下子轰动了全国。
据说当时大人小孩儿都会唱,但因歌词里很多是古文,
大多数人只是辖哼哼,而不解其意。
更令人不可解的是,当时日中间战争正走向白热化阶段,
但此歌立即被翻唱成日语,连日本全国也陶醉在此歌声中......
1957年,当时已是中国音乐学院副院长的刘雪庵先生
被打成了右派分子,文化大革命中更是被残酷批斗,
以至双目失明,流落街头,其惨状不忍目睹......
其人死后的1986年(1985年去世。享年八十岁。)
才终于得到平反。
真是「天有不测风云,人有飞来祸福。」
什么叫着「命」? 这就是「命」吧。
写到此,不由得产生了一种「愁堆解笑眉,牢牢抚君怀。」的心情。
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