石川繁先生の詩吟(音声)『春夜洛城聞笛.李白』を聴くと日本語本文
春夜洛城聞笛 李白
誰家玉笛暗飛聲,
散入春風滿洛城。
此夜曲中聞折柳,
何人不起故園情。
春夜洛城に笛を聞く
誰が家の玉笛か 暗に聲を飛ばす
散じて春風に入りて 洛城に滿つ
此の夜曲中 折柳を聞く
何人か故園の 情を起こさざらん
小雨の一言:
「春夜洛城聞笛」は李白の郷愁の詩の中で「静夜思」の次に有
名な詩です。
《春夜洛城闻笛》是李白继《静夜思》之后又一首有名的思乡曲。
この詩を作った当時、李白はまだ30代前半、求職中の身でした。
作这首诗时,李白才30岁出头,正在到处寻找工作。
(《静夜思》也是处于同一情况下,在30岁之前的作品。)
もちろん、求めている“職”は“官”でした。
当然李白想找的“工作”是“当官”。
当時、他の職は読書人の目からみると“職”とは言えませんでした。
在「万般皆下品,惟有读书高。」的读书人眼里,“官”才是“职”、
“职”就是“官”。
古代中国で官になるためには“科挙”試験を受けるという道が
ありましたが、なぜか李白はそれを受けずに“官”に成りたがっていました。
在古代要想当官,就要应试“科举”。
但李白不想考“科举”,而想直接当官。
“科挙”試験を軽蔑していたのでしょうか。それとも、自分の
才能は天下一という自負があったのでしょうか。
不知他是看不起“科举”制度呢,还是觉得自己的才能天下第一,
不消一试呢。
……
しかし、世の中はそんなに甘くはありませんでした。
但人世间却并非年轻时的李白想像的那样简单。
世間に認められなかった李白は、その時孤独で、寂しかったに
違いないでしょうね。
怀才不遇的李白当时一定感到一片孤独,一片忧伤。
★(注1)
李白は生涯一度も“官”になった事はありませんでした。
(確かに、西暦742年に玄宗皇帝に招かれて、“翰林供奉”に
なりましたが、この“翰林供奉”は官職ではなく、「官職を待つ」という身分でした。
それも二年足らずに終わりました。
李白一生一次也没当过官。
(确实,在公历742年被唐玄宗皇帝派人征召入京,以“翰林供奉”呆在宫中。
但这“翰林供奉”并非官职,只是个“候补官职”的身分。
而且不到两年就不了了之地结束了。)
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