2007/08/23

石川繁先生の詩吟(音声)『涼州詞』を聴く

石川繁先生の詩吟『涼州詞』を聴く


涼州詞   (唐)王翰

葡萄美酒夜光杯,

欲飮琵琶馬上催。

醉臥沙場君莫笑,

古來征戰幾人回。


葡萄の美酒 夜光の杯

飲まんと欲すれば 琵琶馬上に催す

酔うて沙場に臥す 君笑うこと莫かれ

古来征戦 幾人か回る


感想文(日本語版)(中国語版は前回発表いたしました)


シルクロード。

時代が変わっても、その神秘さは変わらないものですね。

この詩を読むと、異国のような風情が目の前に広がってゆきます。

いつの時代からか、どの神話によるものかは定かではありませんが、
中国の西に極上の仙界があるとの言い伝えがありました。

極限の苦難に耐えて、仙界に辿り着くことができれば、

「そこの神様は、神々しい光を放つ玉の杯で
真っ赤な血の色をした葡萄酒で持て成してくださり、
妖艶な仙女たちは、琵琶という楽器で天上の音楽を奏でてくださると……」、

人々は、このように想像していたのかもしれません。

それを信じていた人々は、遂にシルクロードを作りま した。
シルクロードを通って、仙界に辿り着いた人々は幸せでしたが、

その代わりに、どれだけ無名の戦士たちが、このシルクロードを守るため、
故郷を離れ、慣れない異国の厳しい環境で戦い、命まで捧げたことでしょう。

シルクロードを守ることは 国を守ること、昔から男の大志とされてきました。

しかし、この詩を読むと、それを信じて戦っていた戦士たちの心の片隅に
少なからず寂しさもあることを強く感じずにはおれません。


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2007/08/16

漢詩『涼州詞 』(唐)王翰(中国語朗読と感想文)

漢詩『涼州詞 』(唐)王翰(中国語朗読)


凉州词  (唐)王 翰  (簡体字)

葡萄美酒夜光杯,

欲饮琵琶马上催。

醉卧沙场君莫笑,

古来征战几人回。



涼州詞   (唐)王翰   (繁体字)

葡萄美酒夜光杯,

欲飮琵琶馬上催。

醉臥沙場君莫笑,

古來征戰幾人回。



小雨の一言:中国語版(日本語版は次回にいたします)

丝绸之路!
这条神秘的路。
人类文明的高度发展,也丝毫改变不了它的魅力。

在21世纪的今天,当你读起这首诗来,那异国般的风情,仍在吸引着你。

是从什么年代开始?又是根据什么古老的神话?
说在中国的西边有一个非凡的世界。

谁能忍得大苦大难,到达那个秘境,
“神仙们会用闪闪的玉杯,盛上血红色的葡萄酒来招待你;
仙女们会弹起琵琶,为你奏起闻所未闻的玉音……”
人们可能这样想像着。

不知经过了多少个年代,信者们终于走出了一条路,
后人叫它丝绸之路。

通过这条路,能到达天国的人当然善哉善哉。
可是,又有多少人为它离乡背井,身埋沙场,献出了自己的生命。
(用沙场来代表战场大概就是从这儿来的吧。)

在古代中国,去西域被称为男子汉大丈夫保家卫国的壮举。
这首诗历来也是爱国主义教育的诗篇。

小时候读起来确实激情满怀。

但随着岁月的流失,字里行间渐渐渗出一种说不出的伤感。


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2007/06/15

世界名曲.中国青海省民謡『在那遥遠的地方』(草原情歌)歌詞朗読と日本語訳


在那遥遠的地方(草原情歌) 日本語訳(小雨)

(一)

遥か遠いその彼方

美しい娘さんがいる

彼女のバオを通ったら

だれもが振り返ってしまう

(二)

その素敵な笑顔

太陽のよう

その輝いた瞳

お月様のよう

(三)

私はすべてを捨てて

彼女と放牧に行きたい

毎日その笑顔を見れるなら

他には何もいらない

(四)

私は子羊になりたい

彼女の傍に居れるなら

その愛の鞭で

私を叩いておくれ


小雨の一言:

この歌は中国青海省少数民族(チベット族)の歌なのに、漢民族の人々の夢の歌、心の歌です。

前に紹介した中国心の歌(その一)『花児為甚麼這様紅』『花はなぜこんなに赤い』
少数民族「塔吉克族.タジク族)(塔吉克斯坦.タジキスタン共和国と隣接)の歌です。

漢民族というと、「大漢族主義」思想を持っていて、少数民族を差別しているのではないか?
と思われがちですが、それは漢民族の中の一握りの特権階級だけの話にすぎないでしょう。

儒教など封建社会の礼儀道徳に厳しく束縛され、息苦しく生きてきた
ごく普通の漢民族の人たちはむしろその野生の馬のように自由奔放な生き方と、
子供みたいな純粋な愛を羨ましく思っていますし、ずっと憧れてきました。

この歌のような“情歌”は中国長い歴史上ほとんど少数民族の歌だけでした。

“今のすべてを捨て、
その広い大草原に行きたい!
そして、
その美しい娘さんと恋をしたい!”

 

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2007/05/17

石川繁先生の詩吟(音声)『春夜洛城聞笛.李白』を聴くと日本語本文


春夜洛城聞笛 李白 


誰家玉笛暗飛聲,

散入春風滿洛城。

此夜曲中聞折柳,

何人不起故園情。
              

 


春夜洛城に笛を聞く       
   

誰が家の玉笛か  暗に聲を飛ばす

散じて春風に入りて  洛城に滿つ

此の夜曲中  折柳を聞く

何人か故園の 情を起こさざらん


小雨の一言:

「春夜洛城聞笛」は李白の郷愁の詩の中で「静夜思」の次に有
名な詩です。

《春夜洛城闻笛》是李白继《静夜思》之后又一首有名的思乡曲。

この詩を作った当時、李白はまだ30代前半、求職中の身でした。

作这首诗时,李白才30岁出头,正在到处寻找工作。


(《静夜思》也是处于同一情况下,在30岁之前的作品。)

もちろん、求めている“職”は“官”でした。

当然李白想找的“工作”是“当官”。

当時、他の職は読書人の目からみると“職”とは言えませんでした。

在「万般皆下品,惟有读书高。」的读书人眼里,“官”才是“职”、

“职”就是“官”。

古代中国で官になるためには“科挙”試験を受けるという道が

ありましたが、なぜか李白はそれを受けずに“官”に成りたがっていました。

在古代要想当官,就要应试“科举”。
但李白不想考“科举”,而想直接当官。


“科挙”試験を軽蔑していたのでしょうか。それとも、自分の

才能は天下一という自負があったのでしょうか。

不知他是看不起“科举”制度呢,还是觉得自己的才能天下第一,

不消一试呢。
……


しかし、世の中はそんなに甘くはありませんでした。

但人世间却并非年轻时的李白想像的那样简单。

世間に認められなかった李白は、その時孤独で、寂しかったに
違いないでしょうね。

怀才不遇的李白当时一定感到一片孤独,一片忧伤。


★(注1)

李白は生涯一度も“官”になった事はありませんでした。

(確かに、西暦742年に玄宗皇帝に招かれて、“翰林供奉”に

なりましたが、この“翰林供奉”は官職ではなく、「官職を待つ」という身分でした。

それも二年足らずに終わりました。

李白一生一次也没当过官。

(确实,在公历742年被唐玄宗皇帝派人征召入京,以“翰林供奉”呆在宫中。

但这“翰林供奉”并非官职,只是个“候补官职”的身分。

而且不到两年就不了了之地结束了。)


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2007/05/12

漢詩『春夜洛城聞笛.李白』中国語朗読と古詩今釈(日本語と中国語)


春夜洛城闻笛 (唐)李白


谁家玉笛暗飞声,

散入春风满洛城。

此夜曲中闻折柳,

何人不起故园情。


古詩今釈:(小雨)

古诗今译:

ある春の夜、昼間の喧騒から静まりかえった大都会“洛陽”の町に、

どこからともなく密やかに聞こえてくる笛の音。

まるで美しい玉の音色。

在一个春天的夜晚,当洛阳这个大都市好不容易从白天的喧哗

走向深夜的寂静时,不知是从哪儿微微传来了一个笛声。

啊……多美的笛声!有如玉石般的清脆。

李白の全身に電流が走った。

李白心头不由得一震。

だれが、何のために、こんな夜更けに吹いているのだろうか?

是谁? 为何? 在这人静夜深里吹起了笛子?

私とおなじく旅人であろうか。

一定是位跟我一样的游子吧。

聞いているうちに惜別の曲「折楊柳」も流れてくるではないか。

何と切ない望郷の念を起こさせる別れの曲だろうか!

啊!传来了《折杨柳》的送别曲。那令人心酸的曲调啊!

李白は耳を澄まして聞き入った…

李白竖起耳朵听得入了神……

その音色が春風に乗って町中の旅人たちに届いているだろう。

这笛声大概已经让春风吹满了整个洛阳城,吹进了每一个

游子的心中。

どんな気持ちで聞いているのだろうか?離れた故郷、別れた友

人を思い出すに違いないだろう。

在这不眠的深夜里,都是以什么心情在听呢?

那远离的故乡,惜别的亲人,一定又一次浮现在眼前吧。

李白は万感胸に迫る思いに浸ってゆく…

此时此刻的李白,心中波涛汹涌,百感交集,

他的心早已回到了故乡……


★(注)


「折楊柳」という習慣は「柳 
liǔ」と「留 liú」の発音が近いから、

お互いに忘れないで、いつまでもその思いを心に留めておこう

という気持ちからの由来だと言われています。

古人送别时“折柳”也叫“折杨柳”的习惯,

据说是因为“柳 ”和“留”字是谐音(发音很近),

故折柳送行以表“留念之情”。


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2007/03/29

日本古謡『さくらさくら』の日本語歌詞と中国語訳詞『櫻花開櫻花開』本文(ピンイン付き)と朗読を聴く


さくら     さくら

やよいの  そらは ( 弥生の空は)

みわたす  かぎり ( 見渡す限り)

かすみか  くもか ( 霞みか雲か)

においぞ  いずる ( 匂いぞ出る)

いざや   いざや  (いざやいざや)

みにゆかん      (見に行かん)


樱花开     樱花开 

农历三月    樱花开 

满山遍野    放光彩 

飞向彩霞   飞向云

香飘万里   人人爱

快来呀     快来呀 

同看樱花去

 

拼音:

Yīng  huā  kāi      yīng huā kāi 

Nóng lì sān yuè      yīng huā kāi

Mǎn shān biàn yě     fàng guāng cǎi

Fēi xiàng cǎi xiá     fēi xiàng yún

Xiāng piāo wàn lǐ    rén rén 'ài

Kuài lái ya             kuài lái ya

Tóng kàn yīng huā kù


小雨の一言:

この日本古謡の歌詞を同じ字数でぴったり中国語に訳せるのは偶然ではないと
思います。

这首日本古谣能完全用同样字数翻译成汉语,我觉得并非偶然。

漢詩を作る基本は三、五、七文字でなければなりませんが、日本のこの古詩を見るかぎり、同じ基本だなぁと喜びと親近感を覚えました。

汉语唐代以来古诗的基本字数就是三、五、七。日本的这首古诗和中国的基本要求完全一致,使人感到一种喜悦和亲近。

そして、本当に直訳しただけなのに、中国語の立場から読んでも、元々中国語の詩だと勘違いさえ引き起こせます。

而且,我完全是直译的,但如果完全不懂日语的人读起来,会以为本来就是首汉语诗。

日本と中国、昔から兄弟でしたね。

日本和中国,从前就如同兄弟一般。


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2007/03/21

詩吟(音声)『胡隱君を尋ぬ』(石川繁先生)を聴く

 

胡隱君を尋ぬ     高啓

   
 
 
 水を渡り 復水を渡り

 花を看 還花を看る

   春風 江上の路

 覺えず 君が家に到る

 

 尋胡隱君  (明)高啓

 渡水復渡水,

  看花還看花。

  春風江上路,

  不覺到君家。


 

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2007/03/18

漢詩『尋胡隠君.高啓』本文解釈と中国語朗読を聴く


寻胡隐君    高启


渡水复渡水,

看花还看花。

春风江上路,

不觉到君家。


詩についての解釈と感想文:(日本語と中国語で)

日本語:

高啓のこの詩を読むと川辺の春風を肌で感じられる心地して
本当に気持ちがいいですね。

中国江南地方の風光明媚な景色が目の前に広がってゆきます。

水のせせらぎ、風のそよぎ、そして春風にゆれる花、
それらに誘われるままに、川を渡り、また川を渡り、

あちらで花を眺め、またこちらで花を眺め、
大自然の恵みを思う存分に楽しんで、

爽やかな春風そよぐ川のほとりをのどかにぶらぶら
歩いているうちに胡さんの家にいつの間にか辿り着いた事が趣
深く伝わってきます。

でも、忘れてはならないのは作者が大自然を楽しめる一番の理
由は隠居している友の胡さん宅を訪れ、会える喜びがあるから
です。

最後の一句「不覺到君家」はその理由を教えてくれました。

考えてみてください。独りぼっちで悲しみに暮れている人は、
いくら綺麗な花を見ても、杜甫の「春望」の詩のごとく、「感
時花濺涙」(悲しい時に花を見て、かえって涙がでる)ではな
いでしょうか。

花見の季節がそろそろやってきます。皆さんも心の通じ合う友
達と花見を楽しんで下さいね。


中国語:

高启的这首诗读起来,让人心情特别爽快。

中国江南地区的一幅春光秀丽的景色活生生地展现在我们眼前。

小桥流水,春风飘逸,鲜花怒放,
作者信步走来,渡过一条河又一条河,看了一处花又一处花,
尽情地享受着大自然的恩惠。

为什么他能这样纵情地享受,诗的最后一句「不觉到君家」

给我们点了题,因为他要去会他的朋友,他的心情本来就是愉快的。

一个陷在悲伤中的孤独的人,既使眼前有再漂亮的花,
也会像杜甫「春望」中的诗句「感时花溅泪」一样,连花也会使他伤心的。

一年一度的花季又要来临了,祝各位能和知心的朋友们一起,
共同享受这大自然的美景吧。


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2007/02/21

詩吟(音声)『望廬山瀑布.李白』(石川繁先生)を聴く(中国語朗読付き)


廬山の瀑布を望む       


日は香爐を照らして紫煙を生ず

遙かに看る瀑布の長川を挂くるを

飛流直下三千尺

疑うらくは是銀河の九天より落つるかと


(以上の朗読は2006.7.24の再放送です)


『望庐山瀑布』    李白


日照香炉生紫烟,

遥看瀑布挂长川。

飞流直下三千尺,

疑是银河落九天。


小雨の一言:

詳しいことは2006.7.24日の記事をごらんください。


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2007/01/25

石川繁先生の詩吟(音声)『早発白帝城.李白』を聴く(中国語朗読もあります)


早に白帝城を発す   李白


朝に辞す白帝彩雲の間

千里の江陵一日にして還る

兩岸の猿聲啼いて住まざるに

輕舟已に過ぐ萬重の山


早發白帝城    (唐)李白


朝辭白帝彩雲間,

千里江陵一日還。

兩岸猿聲啼不住,

輕舟已過萬重山。


以上の朗読は2006.07.18の再放送です


『早发白帝城 』   李白

朝辞白帝彩云间,

千里江陵一日还。

两岸猿声啼不住,

轻舟已过万重山。


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