2007/08/23

石川繁先生の詩吟(音声)『涼州詞』を聴く

石川繁先生の詩吟『涼州詞』を聴く


涼州詞   (唐)王翰

葡萄美酒夜光杯,

欲飮琵琶馬上催。

醉臥沙場君莫笑,

古來征戰幾人回。


葡萄の美酒 夜光の杯

飲まんと欲すれば 琵琶馬上に催す

酔うて沙場に臥す 君笑うこと莫かれ

古来征戦 幾人か回る


感想文(日本語版)(中国語版は前回発表いたしました)


シルクロード。

時代が変わっても、その神秘さは変わらないものですね。

この詩を読むと、異国のような風情が目の前に広がってゆきます。

いつの時代からか、どの神話によるものかは定かではありませんが、
中国の西に極上の仙界があるとの言い伝えがありました。

極限の苦難に耐えて、仙界に辿り着くことができれば、

「そこの神様は、神々しい光を放つ玉の杯で
真っ赤な血の色をした葡萄酒で持て成してくださり、
妖艶な仙女たちは、琵琶という楽器で天上の音楽を奏でてくださると……」、

人々は、このように想像していたのかもしれません。

それを信じていた人々は、遂にシルクロードを作りま した。
シルクロードを通って、仙界に辿り着いた人々は幸せでしたが、

その代わりに、どれだけ無名の戦士たちが、このシルクロードを守るため、
故郷を離れ、慣れない異国の厳しい環境で戦い、命まで捧げたことでしょう。

シルクロードを守ることは 国を守ること、昔から男の大志とされてきました。

しかし、この詩を読むと、それを信じて戦っていた戦士たちの心の片隅に
少なからず寂しさもあることを強く感じずにはおれません。


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2007/08/16

漢詩『涼州詞 』(唐)王翰(中国語朗読と感想文)

漢詩『涼州詞 』(唐)王翰(中国語朗読)


凉州词  (唐)王 翰  (簡体字)

葡萄美酒夜光杯,

欲饮琵琶马上催。

醉卧沙场君莫笑,

古来征战几人回。



涼州詞   (唐)王翰   (繁体字)

葡萄美酒夜光杯,

欲飮琵琶馬上催。

醉臥沙場君莫笑,

古來征戰幾人回。



小雨の一言:中国語版(日本語版は次回にいたします)

丝绸之路!
这条神秘的路。
人类文明的高度发展,也丝毫改变不了它的魅力。

在21世纪的今天,当你读起这首诗来,那异国般的风情,仍在吸引着你。

是从什么年代开始?又是根据什么古老的神话?
说在中国的西边有一个非凡的世界。

谁能忍得大苦大难,到达那个秘境,
“神仙们会用闪闪的玉杯,盛上血红色的葡萄酒来招待你;
仙女们会弹起琵琶,为你奏起闻所未闻的玉音……”
人们可能这样想像着。

不知经过了多少个年代,信者们终于走出了一条路,
后人叫它丝绸之路。

通过这条路,能到达天国的人当然善哉善哉。
可是,又有多少人为它离乡背井,身埋沙场,献出了自己的生命。
(用沙场来代表战场大概就是从这儿来的吧。)

在古代中国,去西域被称为男子汉大丈夫保家卫国的壮举。
这首诗历来也是爱国主义教育的诗篇。

小时候读起来确实激情满怀。

但随着岁月的流失,字里行间渐渐渗出一种说不出的伤感。


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2007/06/15

世界名曲.中国青海省民謡『在那遥遠的地方』(草原情歌)歌詞朗読と日本語訳


在那遥遠的地方(草原情歌) 日本語訳(小雨)

(一)

遥か遠いその彼方

美しい娘さんがいる

彼女のバオを通ったら

だれもが振り返ってしまう

(二)

その素敵な笑顔

太陽のよう

その輝いた瞳

お月様のよう

(三)

私はすべてを捨てて

彼女と放牧に行きたい

毎日その笑顔を見れるなら

他には何もいらない

(四)

私は子羊になりたい

彼女の傍に居れるなら

その愛の鞭で

私を叩いておくれ


小雨の一言:

この歌は中国青海省少数民族(チベット族)の歌なのに、漢民族の人々の夢の歌、心の歌です。

前に紹介した中国心の歌(その一)『花児為甚麼這様紅』『花はなぜこんなに赤い』
少数民族「塔吉克族.タジク族)(塔吉克斯坦.タジキスタン共和国と隣接)の歌です。

漢民族というと、「大漢族主義」思想を持っていて、少数民族を差別しているのではないか?
と思われがちですが、それは漢民族の中の一握りの特権階級だけの話にすぎないでしょう。

儒教など封建社会の礼儀道徳に厳しく束縛され、息苦しく生きてきた
ごく普通の漢民族の人たちはむしろその野生の馬のように自由奔放な生き方と、
子供みたいな純粋な愛を羨ましく思っていますし、ずっと憧れてきました。

この歌のような“情歌”は中国長い歴史上ほとんど少数民族の歌だけでした。

“今のすべてを捨て、
その広い大草原に行きたい!
そして、
その美しい娘さんと恋をしたい!”

 

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2007/05/17

石川繁先生の詩吟(音声)『春夜洛城聞笛.李白』を聴くと日本語本文


春夜洛城聞笛 李白 


誰家玉笛暗飛聲,

散入春風滿洛城。

此夜曲中聞折柳,

何人不起故園情。
              

 


春夜洛城に笛を聞く       
   

誰が家の玉笛か  暗に聲を飛ばす

散じて春風に入りて  洛城に滿つ

此の夜曲中  折柳を聞く

何人か故園の 情を起こさざらん


小雨の一言:

「春夜洛城聞笛」は李白の郷愁の詩の中で「静夜思」の次に有
名な詩です。

《春夜洛城闻笛》是李白继《静夜思》之后又一首有名的思乡曲。

この詩を作った当時、李白はまだ30代前半、求職中の身でした。

作这首诗时,李白才30岁出头,正在到处寻找工作。


(《静夜思》也是处于同一情况下,在30岁之前的作品。)

もちろん、求めている“職”は“官”でした。

当然李白想找的“工作”是“当官”。

当時、他の職は読書人の目からみると“職”とは言えませんでした。

在「万般皆下品,惟有读书高。」的读书人眼里,“官”才是“职”、

“职”就是“官”。

古代中国で官になるためには“科挙”試験を受けるという道が

ありましたが、なぜか李白はそれを受けずに“官”に成りたがっていました。

在古代要想当官,就要应试“科举”。
但李白不想考“科举”,而想直接当官。


“科挙”試験を軽蔑していたのでしょうか。それとも、自分の

才能は天下一という自負があったのでしょうか。

不知他是看不起“科举”制度呢,还是觉得自己的才能天下第一,

不消一试呢。
……


しかし、世の中はそんなに甘くはありませんでした。

但人世间却并非年轻时的李白想像的那样简单。

世間に認められなかった李白は、その時孤独で、寂しかったに
違いないでしょうね。

怀才不遇的李白当时一定感到一片孤独,一片忧伤。


★(注1)

李白は生涯一度も“官”になった事はありませんでした。

(確かに、西暦742年に玄宗皇帝に招かれて、“翰林供奉”に

なりましたが、この“翰林供奉”は官職ではなく、「官職を待つ」という身分でした。

それも二年足らずに終わりました。

李白一生一次也没当过官。

(确实,在公历742年被唐玄宗皇帝派人征召入京,以“翰林供奉”呆在宫中。

但这“翰林供奉”并非官职,只是个“候补官职”的身分。

而且不到两年就不了了之地结束了。)


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2007/05/12

漢詩『春夜洛城聞笛.李白』中国語朗読と古詩今釈(日本語と中国語)


春夜洛城闻笛 (唐)李白


谁家玉笛暗飞声,

散入春风满洛城。

此夜曲中闻折柳,

何人不起故园情。


古詩今釈:(小雨)

古诗今译:

ある春の夜、昼間の喧騒から静まりかえった大都会“洛陽”の町に、

どこからともなく密やかに聞こえてくる笛の音。

まるで美しい玉の音色。

在一个春天的夜晚,当洛阳这个大都市好不容易从白天的喧哗

走向深夜的寂静时,不知是从哪儿微微传来了一个笛声。

啊……多美的笛声!有如玉石般的清脆。

李白の全身に電流が走った。

李白心头不由得一震。

だれが、何のために、こんな夜更けに吹いているのだろうか?

是谁? 为何? 在这人静夜深里吹起了笛子?

私とおなじく旅人であろうか。

一定是位跟我一样的游子吧。

聞いているうちに惜別の曲「折楊柳」も流れてくるではないか。

何と切ない望郷の念を起こさせる別れの曲だろうか!

啊!传来了《折杨柳》的送别曲。那令人心酸的曲调啊!

李白は耳を澄まして聞き入った…

李白竖起耳朵听得入了神……

その音色が春風に乗って町中の旅人たちに届いているだろう。

这笛声大概已经让春风吹满了整个洛阳城,吹进了每一个

游子的心中。

どんな気持ちで聞いているのだろうか?離れた故郷、別れた友

人を思い出すに違いないだろう。

在这不眠的深夜里,都是以什么心情在听呢?

那远离的故乡,惜别的亲人,一定又一次浮现在眼前吧。

李白は万感胸に迫る思いに浸ってゆく…

此时此刻的李白,心中波涛汹涌,百感交集,

他的心早已回到了故乡……


★(注)


「折楊柳」という習慣は「柳 
liǔ」と「留 liú」の発音が近いから、

お互いに忘れないで、いつまでもその思いを心に留めておこう

という気持ちからの由来だと言われています。

古人送别时“折柳”也叫“折杨柳”的习惯,

据说是因为“柳 ”和“留”字是谐音(发音很近),

故折柳送行以表“留念之情”。


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2007/03/29

日本古謡『さくらさくら』の日本語歌詞と中国語訳詞『櫻花開櫻花開』本文(ピンイン付き)と朗読を聴く


さくら     さくら

やよいの  そらは ( 弥生の空は)

みわたす  かぎり ( 見渡す限り)

かすみか  くもか ( 霞みか雲か)

においぞ  いずる ( 匂いぞ出る)

いざや   いざや  (いざやいざや)

みにゆかん      (見に行かん)


樱花开     樱花开 

农历三月    樱花开 

满山遍野    放光彩 

飞向彩霞   飞向云

香飘万里   人人爱

快来呀     快来呀 

同看樱花去

 

拼音:

Yīng  huā  kāi      yīng huā kāi 

Nóng lì sān yuè      yīng huā kāi

Mǎn shān biàn yě     fàng guāng cǎi

Fēi xiàng cǎi xiá     fēi xiàng yún

Xiāng piāo wàn lǐ    rén rén 'ài

Kuài lái ya             kuài lái ya

Tóng kàn yīng huā kù


小雨の一言:

この日本古謡の歌詞を同じ字数でぴったり中国語に訳せるのは偶然ではないと
思います。

这首日本古谣能完全用同样字数翻译成汉语,我觉得并非偶然。

漢詩を作る基本は三、五、七文字でなければなりませんが、日本のこの古詩を見るかぎり、同じ基本だなぁと喜びと親近感を覚えました。

汉语唐代以来古诗的基本字数就是三、五、七。日本的这首古诗和中国的基本要求完全一致,使人感到一种喜悦和亲近。

そして、本当に直訳しただけなのに、中国語の立場から読んでも、元々中国語の詩だと勘違いさえ引き起こせます。

而且,我完全是直译的,但如果完全不懂日语的人读起来,会以为本来就是首汉语诗。

日本と中国、昔から兄弟でしたね。

日本和中国,从前就如同兄弟一般。


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2007/03/21

詩吟(音声)『胡隱君を尋ぬ』(石川繁先生)を聴く

 

胡隱君を尋ぬ     高啓

   
 
 
 水を渡り 復水を渡り

 花を看 還花を看る

   春風 江上の路

 覺えず 君が家に到る

 

 尋胡隱君  (明)高啓

 渡水復渡水,

  看花還看花。

  春風江上路,

  不覺到君家。


 

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2007/03/18

漢詩『尋胡隠君.高啓』本文解釈と中国語朗読を聴く


寻胡隐君    高启


渡水复渡水,

看花还看花。

春风江上路,

不觉到君家。


詩についての解釈と感想文:(日本語と中国語で)

日本語:

高啓のこの詩を読むと川辺の春風を肌で感じられる心地して
本当に気持ちがいいですね。

中国江南地方の風光明媚な景色が目の前に広がってゆきます。

水のせせらぎ、風のそよぎ、そして春風にゆれる花、
それらに誘われるままに、川を渡り、また川を渡り、

あちらで花を眺め、またこちらで花を眺め、
大自然の恵みを思う存分に楽しんで、

爽やかな春風そよぐ川のほとりをのどかにぶらぶら
歩いているうちに胡さんの家にいつの間にか辿り着いた事が趣
深く伝わってきます。

でも、忘れてはならないのは作者が大自然を楽しめる一番の理
由は隠居している友の胡さん宅を訪れ、会える喜びがあるから
です。

最後の一句「不覺到君家」はその理由を教えてくれました。

考えてみてください。独りぼっちで悲しみに暮れている人は、
いくら綺麗な花を見ても、杜甫の「春望」の詩のごとく、「感
時花濺涙」(悲しい時に花を見て、かえって涙がでる)ではな
いでしょうか。

花見の季節がそろそろやってきます。皆さんも心の通じ合う友
達と花見を楽しんで下さいね。


中国語:

高启的这首诗读起来,让人心情特别爽快。

中国江南地区的一幅春光秀丽的景色活生生地展现在我们眼前。

小桥流水,春风飘逸,鲜花怒放,
作者信步走来,渡过一条河又一条河,看了一处花又一处花,
尽情地享受着大自然的恩惠。

为什么他能这样纵情地享受,诗的最后一句「不觉到君家」

给我们点了题,因为他要去会他的朋友,他的心情本来就是愉快的。

一个陷在悲伤中的孤独的人,既使眼前有再漂亮的花,
也会像杜甫「春望」中的诗句「感时花溅泪」一样,连花也会使他伤心的。

一年一度的花季又要来临了,祝各位能和知心的朋友们一起,
共同享受这大自然的美景吧。


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2007/02/21

詩吟(音声)『望廬山瀑布.李白』(石川繁先生)を聴く(中国語朗読付き)


廬山の瀑布を望む       


日は香爐を照らして紫煙を生ず

遙かに看る瀑布の長川を挂くるを

飛流直下三千尺

疑うらくは是銀河の九天より落つるかと


(以上の朗読は2006.7.24の再放送です)


『望庐山瀑布』    李白


日照香炉生紫烟,

遥看瀑布挂长川。

飞流直下三千尺,

疑是银河落九天。


小雨の一言:

詳しいことは2006.7.24日の記事をごらんください。


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2007/01/25

石川繁先生の詩吟(音声)『早発白帝城.李白』を聴く(中国語朗読もあります)


早に白帝城を発す   李白


朝に辞す白帝彩雲の間

千里の江陵一日にして還る

兩岸の猿聲啼いて住まざるに

輕舟已に過ぐ萬重の山


早發白帝城    (唐)李白


朝辭白帝彩雲間,

千里江陵一日還。

兩岸猿聲啼不住,

輕舟已過萬重山。


以上の朗読は2006.07.18の再放送です


『早发白帝城 』   李白

朝辞白帝彩云间,

千里江陵一日还。

两岸猿声啼不住,

轻舟已过万重山。


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2006/12/29

漢詩『静夜思・李白』(中国語朗読と石川繁先生の詩吟)(音声)


静夜思   李白


床前明月光,

疑是地上霜。

举头望明月,

低头思故乡。




静夜思  李白


牀前月光を看る

疑うらくは是れ地上の霜かと

頭を挙げては山月を望み

頭を低れては故郷を思う



小雨の一言:


日本語:

天上の明月  ⇔   地上の故郷

冷たい明月  ⇔   暖かい故郷

侘しい明月   ⇔   懐かし故郷


なんて鮮明な対称でしょう。

明月を見て、故郷を思い出す気持ちが遠く故郷を離れ、

この日本に住んでいる私にとって身に沁みるほど分ります。


自分の意志で住んでいるのに、

一生帰らない覚悟をして住んでいるのに、

なぜか時々

帰ろう、帰ろう、故郷へ帰ろうと願っています。

特に、静かな夜、眠れない夜、その気持ちが

いっそう強まり、思わず窓を開け、何かを見よう

とします......

しかし、

見えるのは一輪の明月だけでした。


中国語:

天上的月亮  ⇔  地上的故乡

冰冷的月亮  ⇔  温暖的故乡

寂寞的月亮  ⇔  心慰的故乡


多么鲜明的对照。


「举头望明月,低头思故乡。」好像就是说的我自己。

是自己要远离故土,住在此处; 是自己下了决心,埋在此地。

但是,依然经常产生一种

“回去吧,回去吧,回故乡去吧!”的心情。

特别是在人深夜静的晚上,不能入眠的深夜,更是难以忍受。

经常会不由自主地打开窗户,想看看什么......

到底想看什么呢?连自己也不明白。

能够看到的只是挂在天上的一轮明月。


Buroguyousyasinn_2
聴き方がわからない方は
こちらから聴いてみてください

 

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2006/11/23

『何日君再来』歌と歌詞と単語解釈

30年代周璇が歌った『何日君再来』を聴く

(テレサテンが歌った『何日君再来』のカラオケは今度発表いたします。)

2007年5月21日に発表いたしました。御覧ください。)


『何日君再来』歌詞と単語解釈

(五音句漢詩を読む原則)


(一)

好花不常开,好景不常在。

愁堆解笑眉,泪洒相思带。

今宵离别后,何日君再来?

喝完了这杯,请进点小菜。

人生难得几回醉,不欢更何待!

说白(省略)

今宵离别后,何日君再来?


(二)

停唱阳关叠,重擎白玉杯。

殷勤频致语,牢牢抚君怀。

今宵离别后,何日君再来?

喝完了这杯,请进点小菜。

人生难得几回醉,不欢更何待!

说白(省略)

今宵离别后,何日君再来?!


単語解釈(小雨):

单词解释(小雨)


この歌の歌詞は古文と現代文が混ざっていて、

歌詞の理解をする時にとても混乱しやすいです。

这首歌的歌词古文和白话文混杂在一起,很容易理解错。

五音句の漢詩を読む時、大原則があります、前の二文字と後の三文字と

分けて、別々のフレーズとして文の意味を考えます。

(もちろん例外もありますけど。)

读五言古诗时,很重要的一点、是把前面两个字

和后面三个字分成两个词组来考虑。

この歌の歌詞は一番も二番も三行目までは古文ですから、(30年代の歌詞は

四番までありましたが、おなじです。)

次のようにして理解しましょう。

这首歌的歌词无论是第一段或第二段,(30年代的歌词有四段,也一样。)

从第一行到第三行都是古诗,应该如此。


(一)

好花|不常开 (良い花|常に咲かない)

好景|不常在 (良い景色|常に現れない)

愁堆|解笑眉 (憂いが積もる|笑顔を無くす)

泪洒|相思带 (涙をこぼす|君への思いに)

今宵|离别后 (今夜|別れると)

何日|君再来 (いつ|君がまた来る)


(二)

停唱|阳关叠 (歌うのをやめる|陽関三畳)

重擎|白玉杯 (再び持ち上げる|白い玉の杯)

殷勤|频致语 (親切に|いろいろよく話す)

牢牢|抚君怀 (しっかり|君の胸を慰める)

今宵|离别后 (今夜|別れると)

何日|君再来 (いつ|君がまた来る)


現代文では以上のような原則はありません、自由です。

而白话文就没有以上规矩,很自由。

比べてみてください。

请比较一下:


歌の四行目は現代文で、四行目はフレーズとして三と二に分けます。

歌词的第四行是白话文,要分词组的话,应该如此。

喝完了|这杯 (飲み終える|この一杯)

请进点|小菜 (少し食べて|おつまみ)


ついて言いますが、七音の句を読む時、二、二、三に分けて理解します。

顺便说一句,读七言古诗时应是二、二、三。

興味のある方、試してみてください。

有兴趣者,不妨试试。


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2006/10/29

『陽関三畳』の解釈と日本語訳文(二)(前回の続き)

  
『陽関三畳』の解釈と日本語訳文(二)(前回2006年9月17日の続き)(小雨訳)


☆ 
『陽関三畳』の中国語本文は(2006年09月06日)に発表しました。

 ピンインの声調記号がよく見えないなら、「メニューバー」の「表示」をクリックして、
   「文字サイズ」を一番大きいサイズに選んでください。


二叠(二番)

21.    依依(yīyī):形容留念,不忍分离的样子。  
           (名残を惜しむさま。思い慕うさま。)

22.    顾恋(gù liàn):顾念;留恋。(思いをかける。)

23.    不忍离(bù rěn lí):不愿意离开。(別れを惜しむ。)

24.    泪滴(lèi dī):眼泪滴下来。(涙がしたたる。)

25.    沾巾(zhān jīn):沾湿手巾。形容落泪之多。  
    (手ぬぐいが涙にぬれる。)

26.    感怀(gǎn huái):心里有所感触。感伤地怀念。
      (心に感じて思う。)

27.    思君(sī jūn):想对方。(君を思う。)

28.    十二时辰(shí èr shí chén):中国古代记时间的单位。
                  一个时辰是两小时,十二时辰是24小时。
             (中国古代時間の計り方。一時辰は2時間で、
                 十二時辰は24時間です。)

29.    谁(shéi)(shuí):(だれ)

30.    相因(xiāng yīn):相互依靠。(おたがいに頼りになる。)

31.    谁可相因(shéi kě xiāng yīn):跟谁可以相互依靠呢?
                         (誰とおたがいに頼りになれるか。)

32.    日(rì):一日中。(一日中。)

33.    驰神(chí shén):(心神)向往。老是想着对方。
     (‘君に’心を向ける。)



三叠(三番)

34.    旨酒(zhǐ jiǔ):味美的酒。好喝的酒。(旨いお酒。)

35.    醇(chún):一般指纯度很高的酒。在此是描写心里状态
    达到很高的境界―心醉。(心が酔う。)

36.    未饮心已先醇(wèi yǐn xīn yǐ xiān chún):酒还未喝
                                                心已经先醉了。
    (お酒をまだ飲んでいないうちに既に酔った。)

37.    载(zài):乘。骑。(乗る。)

38.    驰(chí):让马跑得很快。(馬を速く走らせる。)

39.    骃(yīn):浅黑色毛里带有白色毛的马。
   (どろあしげ。浅黒い毛に白い毛のまじった馬。)

40.    何日(hé rì):什么时候。(いつの日か。)

41.    言(yán):说起。(話す。)

42.    旋(xuán):归来。(帰る。)

43.    轩(xuān):贵人乘的车,古代一种带顶盖的车。
                       (大夫以上の貴人が乗る車。)

44.    辚(lín):〈书面用语〉象声词.车行走时的声音。
                                  (車のひびく音。)

45.    能(néng):(できる。)

46.    酌(zhuó):饮酒。倒酒。(お酒を注ぐ。)

47.    巡(xún):(量词)次。回。(量詞.回)

48.    几多巡(jǐduō xún):多少回?(何回。)

49.    千巡有尽(qiān xún yǒu jìn):喝上千回酒宴也还是要结束的。
                                           (千回飲んでも尽きがある。)

50.    寸衷(cùn zhōng):心情。心。(気持ち。心。)

51.    泯(mín):消灭。忘记。(なくなる。)

52.    难泯(nán mín):难忘。(忘れられない。)

53.    无穷的(wú qióng de):(無限の。)

54.    伤感(shāng gǎn):(感傷)

55.    尺素(chǐ sù):信。(手紙)

56.    申(shēn):说。叙述。(語る)

57.    频(pín):频繁的。(頻繁に)

58.    如(rú):(~のように)

59.    相亲(xiāng qīn):相互关系很亲密。
                             (親しみ合う。仲よくする。)

60.    噫(yi):(古代用的感叹词)表示一种悲伤的感情。
   (古代の感嘆詞.感傷的な気持ちを表す。あ~)

61.    从今一别(cóng jīn yì bié):(今日から別れる。)

62.    两地(liǎng  dì):(別々の所。)

63.    相思(xiāng sī):(おたがいに思う。)

64.    入梦(rù mèng):(夢に入る)

65.    频(pí):(頻繁に)

66.    闻雁(wén yàn):听到雁的叫声。(雁の鳴き声が聴こえる。)

67.    来宾(lái bīn):有客人来。(お客さんが来る。)




小雨の一言:


この『陽関三畳』の解釈をやっと終えたなあ、という気持ちです。

《阳关三叠》的解释好不容易弄完了。总算松了一口气。

参考になるサイトはまったく見つかりませんし、辞書を引いても、載っていないものがほとんどでした。

找不到可以参考的网页,查不到需要的单词。

とにかく、家にある辞書をフル活用しました(中国の辞書とか、漢和辞典とか)。

总之,翻遍了家里的词典(中国的词典,日本的「漢和辞典」等)。

また正確な意味が分っていても、パソコンが下手で、入力が上手く行きません...

另外,意思弄明确了,电脑又不行了......

あ~、分厚い辞書を作った方に脱帽します。

啊~,向编了这么厚的词典的人脱帽致敬!

その方たちの苦労が少し分りました。

真是「历苦辛,历苦辛,历历苦辛」。

この『心声』のサイトが続けられるのも私個人の努力だけではありません。

《心声》这栏目能够持续下来也不是我一个人的努力。

管理人のyouguiziさんのサポートがなければ、とっくに終わっていたでしょう。

没有管理人youguizi的后盾,可能早就结束了。

パソコンを教わったり、日本語の文章を訂正してもらったり、一緒に苦労してきました。

又教电脑,又改日语文章,一起忙得个不亦乐乎。

本当にありがとうございます。

不胜感激。

youguiziさんのサポートが続く限りやっていこうと思っています。

只要Youguizi的后援还继续,我也努力干到底。

友情の有難さに感謝します。謝謝!

友情可贵!

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2006/10/22

宋詞『小重山』(南宋岳飛)朗読と日本語訳文


以下の『満江紅』もお聴きください(4月4日の再放送です)


『小重山 』 岳飞


昨夜寒蛩不住鸣。

惊回千里梦,已三更。

起来独自绕阶行。

人悄悄,帘外月胧明。


白首为功名。

旧山松竹老,阻归程。

欲将心事付瑶琴。

知音少,弦断有谁听?


日本語訳文:(小雨訳)

昨夜季節外れの蟋蟀が鳴いた!
驚いて起きた、
もう夜の中。
ずっと夢を見ていたのか?
故里に帰る夢は...
階をうろうろ廻って、誰一人もいない、
ただ簾外の月が明るく照らしてくれた。

~~~~~

白髪になってなんのためだったのか!
故里の松と竹も私を待ちきれず
老いただろう。
帰りを阻む奴らは!

怒りを琴に当て激しく弾いた。
しかし、
「知音」がすくない。
だれが分かってくれようか、
絃が切れるほどでも。

小雨の一言:

岳飛、この偉大な名。同時にまた中華民族の歴史上の一大悲劇だと思います。
飞,这个响亮的名字。同时我又觉得他是中华民族历史上的一个极大的悲剧。

英雄は誰でも戦場で死にたいでしょう。しかし、岳飛はその「精忠報国」の「国」によって殺されたのです。

一个英雄谁都想死在战场,但是岳飞却是死在他「精忠报国」的「国」之手。

この事を思うと、「怒髪冲冠」、万丈の思いになります。

一想起这等事,就不由得悲愤交加,怒发冲冠。

なぜ? なぜ? なぜ?

为什么? 为什么? 为什么?

だれか教えていただけますか。

谁能告诉我?

中国歴代の統治者が自分の利益のため、1人の国民を殺すのには、確かに罪名は要りません。

中国历代统治者为了自己个人的利益,要杀一个人是随心所欲,不需要任何罪名。

岳飛は「莫須有」すなわち「罪名の要らない」罪名で殺されたのでした。

岳飞就是以「末须有」的罪名被杀害的。

世の中にこんな理不尽なことはありますか?

世上竟有这等岂有此理之事。

この『小重山』の詞を読んでも分かりますが、岳飛の一生はただ国を守りたい一心で、外国の侵略者を追い出したい、侵略者の手に落ちた故里を救いたい一心でした。

读了岳飞的这首《小重山》也可以看出岳飞的一生只是想保家为国,还我江山。

これは罪でしょうか?
有何罪?


嗚呼!真理を返せ!

呜呼! 还我真理!

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2006/10/05

『水調歌頭』蘇東坡(本文)とテレサテンの歌『但願人長久』を聴く

テレサテンの『但願人長久』を聴くとカラオケ
(歌詞本文は蘇東坡の「水調歌頭」です)


水调歌头    苏东坡

明月几时有?

把酒问青天。

不知天上宫阙,

今夕是何年?

我欲乘风归去,

又恐琼楼玉宇,

高处不胜寒。

起舞弄清影,

何似在人间!

~~~

转朱阁,

低绮户,

照无眠。

不应有恨,

何事长向别时圆?

人有悲欢离合,

月有阴晴圆缺,

此事古难全。

但愿人长久,

千里共婵娟。


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2006/10/04

中秋節の名詞『水調歌頭』(宋)蘇東坡


『水調歌頭』の日本語訳文:(小雨訳)


神様、この酒を捧げるから、教えてよ。
月はいつからあったのか?
月の世界は今夜何年であろうか?
私は風に乗って月に帰りたいが、
しかし、
その玉の宮殿の寒さにもう耐えられないだろうね。
月の光の下で舞い、我が影は一緒に踊ってる。
まあ~、人間の世界はまだ住みやすいだろう。

~~~~~~~~

月の光は華麗な楼閣を回り、しだいに
低い窓と眠れない私まで照らしてくれた。
月よ月、人間に対して恨みはないだろうね、
どうして人が離れ離れのとき君は丸くなるの?

月が応える:
人間は悲しみがあれば、楽しみもある、
別れがあれば、出会いもあるじゃないか!?
月も曇りと晴れがあり、満月と新月もあるよ。
天上も人の世も完璧にはなり難い。
そうだね…


ただ願う!この世の人々が
いつまでも元気で長生きすることを。
たとえ千里離れていても、

同じ月の美しさを楽しもうよ。


小雨の一言:

時の経つのは速いものですね。
时间过得真快。

一年に一度の中秋節がもうそろそろです(今年は10月6日金曜日です)。

一年一度的中秋节马上就要到了(今年是10月6号星期五)。

中秋節と言うと、自然に蘇東坡の名詞『水調歌頭』が頭に浮かびます。この詞以上のものはないと、だれもそう思っているでしょう。

说到中秋节,自然会想起苏东坡的『水调歌头』。
谁都会认为没有比这更合适的了。


丙辰年(中国宋代、紀元1076年)の中秋節、蘇東坡は朝まで痛飲し、大いに酔って、この詞を書き下ろしました。

丙辰年(中国宋代、紀元1076年)的中秋节,苏东坡饮酒通宵达旦,大醉,作此篇。

当時の蘇東坡は密州(今山東省諸城県)に左遷中の身で、政治に対しての不満と弟の蘇轍(号:子由)に6年も会えなかったことに胸が一杯でした。

当时的苏东坡正被贬到密州,对政治的不满和跟弟弟苏辙6年也见不上一面的伤感,使得这位大诗人心中愤愤不平。

詞の前半は自分が仙人になったつもりで、いっそこの不公平な世を去り、月に帰ろうかと、幻想的な世界に吸い込まれてゆく...

词的上阕是幻想自己是个仙人,那么就干脆回到月宫中去吧,离开这个不公平的人世......

でも、もう凡人になった自分は月の寒さに耐えられないだろうと、あきらめました。

可是,已经成了凡人的我大概已经忍受不了那月宫的寒冷,还是算了吧。

詞の後半は月に不満を持ち、“君は人間に対して恨みはないでしょうね?どうして人間が孤独なときだけ丸くなるんですか...”

词的下阕是责问月亮,“你不会对人有什么不满吧,那为什么总是在人们离散的时候,你圆圆的?......”

もしこの詞が不満のままで終わったら、ここまで人々に愛されることはないでしょう。

如果这首词只是表达出了一种对现实的不满情绪,也不会这样地被人们所喜爱。

蘇東坡はやっぱり蘇東坡です。

苏东坡毕竟是苏东坡。

凄いのは自分がとても不遇な状況に置かれているけど、自分だけの悲しみに浸かっていることなく、代わりに世の中の人々に幸せになってほしいと願うところです。

他好就好在虽然自己处于不利的状态,但并不是只陷在自己的悲伤之中,而是希望自己的不幸能化为众人的有幸。

最後の“但願人長久、千里共婵娟。”の名句は中秋節の代名詞になっています。

最后的“但愿人长久,千里共婵娟。”已成了中秋节的代名词。

当時、蘇東坡は地方官でもあるから、庶民たちに“蘇青天”、“蘇公”など最高の敬語で尊敬されていました。

因为苏东坡当时也是一名地方官,所以老百姓都称他“苏青天”、“苏公”等,非常爱戴他。

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2006/09/17

『陽関三畳』の解釈と日本語訳文


陽関三叠  王維詞 古琴曲 (小雨訳)


一叠 (一番)

渭城の朝の小雨は埃を流し、

旅館の柳も色青々しく一新した。

君よ、もう一杯お酒を乾杯しよう、

陽関を出たら、古い友人はもういないよ。


これから1人で万里の旅が始まり、

渭水の埠頭で何回も乗り換えるだろう。

道を急ぐ気持ちは分るが、

何より辛い旅、辛い旅だよ!

苦労に苦労を重ねて、

体を壊さないように気をつけてよ。


二叠 (二番)

(赤い色の四句を繰り返し)

別れがつらい、

胸がつまり、涙が溢れ出る。

君の事は忘れられないよ、一日24時間に。

これから誰を心の支えにしていいか?

さまよう、さまよう。


三叠 (三番)

 (赤い色の四句を繰り返し)

旨いお酒、飲まずにもう酔ったよ、

君が白黒の馬に乗って出発するが、

いつ帰りの車の音を聞かせてくれるか?

また何回飲める???

千回飲み尽くしても、

この気持ちは尽きないよ。

無限の感傷。

これから手紙で語ろうね、

書く、書く、手紙に気持ちを託そう。


あ~、離れ離れになって、

夢の中でも時々会おうね。

いつか雁が君の帰りを伝えに来るのを

ずっと待つよ。


☆単語解釈(中国語と日本語)


1.    渭城(wèichéng ) : 地名。在今陕西省咸阳市东北二十

里。 唐代时,从长安去西域,先乘船走渭水,然后换马出

阳关。渭城是第一个渡口。一般送友人去西域,从长安送

到渭城,在这儿举行告别宴会。


2.    朝雨(zhāoyǔ):清晨下的小雨。(朝の小雨)


3.    浥(yì ): 沾湿。湿润。( 潤す)


4.    轻尘(qīngchén):很轻的尘土。(軽い埃)


5.    客舍(kèshè):旅馆(旅館)


6.    青青(qīngqīng):强调颜色非常青。(いかにも青く見え

るようす。)


7.    柳色新(liǔsèxīn):杨柳树的颜色变得很清新。(柳の

色が新しくなること。)


8.    劝君(quànjūn):劝您。君是对人的尊称。(君に勧む)


9.    更尽(gèngjìn):再次喝完。(さらに飲み干す)


10.  一杯酒(yì bēi jiǔ):(一杯のお酒)


11. 西出阳关(xīchūyángguān):阳关在渭城以西,所以叫西

出阳关。(西の陽関を出る)


12.    无故人(wúgùrén):没有老朋友(古い友人はいない)


13.    遄行(chuánxíng):速行(道を急ぐ)


14.    长途(chángtú):路程遥远的;长距离的(長距離の)


15.    越渡(yuèdù):越(关)、渡(水)。(関を越える、河を渡

る。)


16.    关津(guānjīn)〈书〉:关口和渡口,也指设在关口或渡

口的关卡。(関所と港の入口)


17.    历(lì):经过(時がたつ)


18.    苦辛(KǓxīn):劳苦艰辛(苦労)


19.    宜(yí):应当(...すべきである)


20.    自珍(jìzhēn):自爱;珍惜自己的身体。(自愛、体を大

切にする)

 

注: 二番以後のは2006年10月29日に発表いたしました。

   中国語本文は2006年09月06日に発表いたしました。


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2006/09/06

『陽関三叠』 (唐)王维词 古琴曲

「陽関三畳」の歌を聴く

王維の「送元二使安西」漢詩朗読を聴く


以上の朗読は2006年3月4日の再放送です


阳关三叠  王维词 古琴曲

一叠(第一段)

渭城朝雨浥轻尘,

客舍青青柳色新。

劝君更尽一杯酒,

西出阳关无故人。

遄行,遄行,长途越渡关津,

历苦辛,历苦辛,历历苦辛,

宜自珍,宜自珍。


二叠(第二段)

渭城朝雨浥轻尘,

客舍青青柳色新。

劝君更尽一杯酒,

西出阳关无故人。

依依顾恋不忍离,

泪滴沾巾!

感怀,感怀,思君十二时辰。

谁相因,谁相因,谁可相因?

日驰神,日驰神。


三叠(第三段)

渭城朝雨浥轻尘,

客舍青青柳色新。

劝君更尽一杯酒,

西出阳关无故人。

旨酒,旨酒,未饮心已先醇。

载驰骃,载驰骃。

何日言旋轩辚?

能酌几多巡 !

千巡有尽,寸衷难泯。

无穷的伤感。

尺素申,尺素申,尺素频申,

如相亲,如相亲。

噫!从今一别,两地相思入梦频。

闻雁来宾。


小雨の一言:

この琴歌は王維の『送元ニ使安西』より作られたものです。
这首琴歌是根据王维的『送元ニ使安西』谱写的。

『三叠』の意味は歌が三番まであるという意味です。
『三叠』的意思是说这首歌有三段的意思。

1000年前唐の時代から今まで送別の代表的な歌として歌われてきました。
从1000年前的唐朝起就已是送别时的名曲。

千古の名曲です。
千古绝唱。

決して恋の歌ではありませんよ。友情を讃える歌です。
但绝非是恋爱的歌曲,是首歌颂友情的歌。

中国の歴史は「友情」の歴史と言っても過言ではありません。
把中国的历史说成是「友情」的历史,一点也不过分。

人気のある人ほど「友情」を「愛情」より大切にします。
越是受人们喜爱的人物越重于「友情」,轻于「愛情」。

日本でも有名な『三国志』も、「劉備」、「関羽」、「張飛」の「桃園三結義」がなければ、
始まりません。

在日本也很有名的『三国演义』,如果没有「刘备」、「关羽」、「张飞」的「桃园三结义」,
故事也开始不了。

この三人の友情は千古の逸話になっています。
三人的友情成为千古佳话,流传至今。

今の時代は技術の進歩にも関係があるかな、友たちがいなくても1人で生きて
いける時代になってしまいました。

现代可能于技术进步也有关,没有朋友一个人也可以活下去。

でも、心の豊かさは古人よりずっと衰えていると、私は感じています。
但是,我却觉得现代人精神世界远没有古人充实。

孤独、虚しく、寂しく、今の時代の代名詞ではないでしょうか。
孤独、空虚、寂寞好像已成了现时代的代名词。

 

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2006/08/07

『夜来香』歌詞.『鄧麗君』と『李香蘭』の歌を聴く

テレサテンの影像見ながら『夜来香』の歌を聴く


30年代『李香蘭』の「夜来香」を聴いてください!

です。


『夜来香』の中国語歌詞


那南风吹来清凉,

那夜莺啼声凄怆,

月下的花儿都入梦,

只有那夜来香、

吐露着芬芳。


我爱这夜色茫茫,

也爱这夜莺歌唱,

更爱那花一般的梦,

拥抱着夜来香,

吻着夜来香。


夜来香,我为你歌唱!

夜来香,我为你思量!

~ ~ ~

夜来香  夜来香  夜来香

Photo_3

多余的话:(2006年7月31日)

今天是农历7月7日,中国传统式情人节。
传说在这一天晚上喜鹊为牛朗织女搭桥,
他俩才可跨越天河,一年相会这么一次。

跟洋式情人节相比,真是太有点儿令人伤心了。
如果您有兴趣,今天晚上到竹林子里去,
可以听到他俩的哭声,
可以看到他俩滴的眼泪。
想想人家牛朗织女,一年就这么一次。
现在还没结婚,就同居的情人们,
真够幸福的了。
要多珍惜自己的幸福哟,
可来之不易呢。



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2006/07/24

漢詩 『望廬山瀑布』 李白 (中国語朗読)


『望庐山瀑布』    李白


日照香炉生紫烟,

遥看瀑布挂长川。

飞流直下三千尺,

疑是银河落九天。


小雨の一言:

廬山は江西省九江市にあり、中国で有名な避暑地です。
卢山位于江西省九江市,是中国有名的避暑胜地。

1996年に世界遺産にも登録されました。
1996年被列为世界文化遗产。

李白は廬山が大好きで、少なくとも5回以上登ったことがあり、隠居したこともあります
李白非常喜欢卢山,至少有5次以上登过卢山,并在卢山隐居过。

廬山についての詩も十篇以上ありました。
关于卢山的诗也有十多篇。

この『望廬山瀑布』は時期から見ると前回紹介した『早発白帝城』の延長線にあります。
这篇『望庐山瀑布 』从时间上来说是在前次介绍的『早发白帝城』的延长线上。

李白は二度目の流放で白帝城から南昌に帰る途中、廬山に寄りました。最後の廬山でした。
李白第二次流放从白帝城回南昌途中,又一次爬上了卢山。这是李白有生之年最后一次登卢山。

大難後のこの時の廬山は李白の目に仙境に映ったにちがいないでしょう。
大难后的卢山呈现在李白的眼里一定像仙境一般。

「香炉峰は紫色に包まれている」。紫色は中国で神様の色です。
「日照香炉生紫烟」。紫色在中国是代表神的颜色。

「滝がまるで銀河から流れ落ちたように」。
「疑是银河落九天」。

1000年前すでに「銀河」という単語が存在していましたね。
呵,在1000年以前就已经存在了「银河」这个单词了。

現代よりその時の「銀河」はもっと神秘的に見えたでしょうね。
与现在相比,当时的「银河」一定显得更加神秘吧。

もう60歳を過ぎて、大難から命を拾った李白は気持ちが落ち込むところか、
仙人になりましたよ。

已经60岁出头,从大难中捡了一条命的李白,不但没有
失魂落魄,而是成仙了。

この詩を読む私はただ感動、感激、尊敬、無言...
此时此刻,我只是感慨、激动、尊敬、无言...


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2006/07/18

漢詩 『早発白帝城』 李白 (朗読)



『早发白帝城 』   李白


朝辞白帝彩云间,

千里江陵一日还。

两岸猿声啼不住,

轻舟已过万重山。


小雨の一言:

李白と杜甫はともに中国唐の時代を代表する大詩人ですが、
李白和杜甫同时是代表中国唐代的两位大诗人。

どちらが好きだかと聞かれると、李白だとすぐ答えられます。
如果问我喜欢哪位的话,我马上会回答说喜欢李白。

杜甫の詩は現実的で、胸が痛むものが多かったが、
杜甫的诗充满了现实主义,读了让人心里隐隐作痛。

李白の詩は楽しいものが圧倒的に多いですね。
李白的诗令人感到愉快的却很多。

では、李白の人生が楽しかったから、楽しい詩を
たくさん作ったのかというと、そうでもないみたいです。

那么,是因为李白的一生过得很舒服,所以才写出那么多
令人愉快的诗吗?看来也不是那样的。

この『早発白帝城』は李白59歳の時、政治の乱に巻き込まれて、
今の江西省九江市に投獄され、

这篇『早发白帝城』就是李白59岁时,被卷入政乱,下投九江大狱,

後、貴州省の夜朗に流放された途中(二度目の流放)、
幸い白帝城で恩赦に会って、

后又被流放贵州夜朗,万幸在白帝城遇上全国大赦,

長江を下って妻のいる江西省南昌市に帰る時の作品でした。
顺长江而下回妻子所在的江西省南昌市时的作品。

その時の李白の心情はどうなんでしょうね。ただ愉快なだけでしたか?
当时的李白是什么心情呢?只是愉快吗?

でも、この詩を読むと愉快な気持ちになりますけど。
不过这首诗读起来倒挺愉快的。


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2006/06/19

蘇州評弾《蝶恋花》を聴く

蘇州評弾《蝶恋花》を聴く

聞き方:
上の『「蘇州評弾.蝶恋花」を聴く』をクリックして、
《毛泽东诗词吟唱选》のサイトが現れます。
その中の「蝶恋花•答李淑一」をクリックすると
曲が流れます。


小雨の一言:

この曲は中国で歌ではなく、曲芸の一種で、『蘇州評弾』というものです。
这个曲子在中国并不叫「歌」,而是曲艺中的一种,叫『苏州评弹』。

蘇州方言で歌っています。
是用苏州方言演唱的。

発音が標準語と違うのは聞き取れたでしょうか。
发音和普通话不同,大家听出来了吗?

文化大革命中、毛澤東の文章や毛澤東を賛美するものしかなかった時代で、
この曲のメロディはまだ優雅なほうで、人気がありました。


文化大革命中,除了毛泽东选集和赞美毛泽东的作品以外,什么也不能听,
什么也不能看。这个曲子还是比较动听的,在当时很受欢迎。


今聞いても、うん、悪くないね…
现在听起来,也不错。


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2006/06/11

蝶恋花(答李淑一) 毛澤東 (朗読)


《蝶恋花•答李淑一》毛泽东(1957年5月11日)
    

我失骄杨君失柳,
杨柳轻扬直上重霄九。

问讯吴刚何所有,
吴刚捧出桂花酒。

寂寞嫦娥舒广袖,
万里长空且为忠魂舞。

忽报人间曾伏虎,
泪飞顿作倾盆雨。


中国の現代文豪郭沫若はこの詞を現代詩に
訳したことがあります。以下です。


我丧失了杨,你丧失了柳,
杨柳的忠魂,向月夜高空飘飘走。
吴刚啊,你有什么来款待他们呢?
吴刚捧出了他的桂花酒。
寂寞的嫦娥展开长袖,
为了安慰忠魂,在万里长空翩翩起舞。
他们忽听到人间降龙伏虎的消息,
那激动的泪水啊,刹时间化为一天大雨


蝶恋花(答李淑一) 毛澤東 (小雨訳)

私は誇らかな楊を失い、君は柳を失った、
楊柳は軽やかに重霄九に直上した。
呉剛に何があるかと訊ねて、
呉剛は桂花の酒を捧げだす。
寂しい嫦娥は長い袖を広げ、
万里の長空に忠魂のために舞う。
人間が虎を伏したと報せを聞き、
嬉しい涙はにわか雨のように飛び出した。


小雨の一言:

この詞を朗読したのは楊開慧女史(毛澤東夫人)を
偲ぶからです。

朗读毛泽东的这首词,是因为怀念杨开慧女士。

楊開慧女史は1930年10月に蒋介石側に逮捕され、
いろいろな酷刑を受けました。

1930年10月杨开慧被蒋介石方面逮扑,受尽了酷刑。

『毛澤東と縁を切れば、釈放する。』と言い渡されましたが、
“你只要宣布和毛泽东脱离关系,即可自由。”

彼女はきっぱり断りました。
被杨开慧一口回绝。

『革命のために、この命は惜しまない、私の死で革命が一日でも
早く成功すれば、それは望むところだ。』

“死不足惜,惟愿润之革命早日成功。”

1930年11月14日、ついに、殺害されました。
1930年11月14日终于被杀害了。

彼女は革命家として、妻として、母親としても申し分の
ない方だと思います。

杨开慧女士作为一名革命家、一位妻子和一位母亲
都是当之无愧的。

彼女に最高の敬意を申し上げます。
向杨开慧女士表示最崇高的敬意。

彼女の天国にいる魂が慰められるように。
愿杨开慧女士的在天之灵能得到安慰。


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2006/06/04

假如生活欺骗了你  俄罗斯·普希金

假如生活欺骗了你  俄罗斯•普希金

假如生活欺骗了你,  
不要悲伤,不要心急,
忧郁的日子里需要镇静。
相信吧!
快乐的日子将会来临。

心儿永远向往着未来,
现在却常是忧郁。
一切都是瞬息,
一切都将会过去。
而那过去了的,
就会成为亲切的回忆。


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2006/05/29

たとえ人生に欺かれても  ロシア.プーシキン


たとえ人生に欺かれても  ロシア.プーシキン(小雨訳)

たとえ人生に欺かれても、
悲しまないで、焦らないで。
落ち込んだ日に
リラックスして。
信じて、
楽しい日がきっと来る。

心は永遠に果てない未来へ、
今は常にうつ。
すべてはつかの間、
すべては過去になる。
そして、
過ぎ去ったその日は
懐かしい思い出になる。

小雨の一言:

ロシアではこの詩を知らない人はいないそうです。
这首诗据说在俄罗斯无人不知。

中国でも有名です。
在中国也很有名。

200年前の大文豪プーシキンでも常に鬱だったでしょうね。
200年前的大文豪普希金大概也常是忧郁吧。

そうでないと、こんな詩を書けるはずはありませんよね。
要不然,不会写出这样的诗来。

鬱は現代病ではないと思います。
忧郁症看来并不是现代病。

そして、たまに鬱になっても悪くもないと思います。
甚至我觉得偶尔犯点儿忧郁症也并没什么不好。

自分の人生をじっくり考え直す事ができますから。
能够好好儿地考虑一下自己的人生。

今まさにこんな状態に置かれた方でも、
假如您现正处于这种状态下,

悲しまないでね。
请您不要悲伤啊。

いつか良い日がきっと来るのを信じてくださいね。
相信吧! 快乐的日子是一定会来临的。

ご家族の方はもちろん、
您家里的人就不用说了,

みなさんも応援していますよ。
大家也都在关怀着您。

小雨も。
小雨我也一样。

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

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