2007/08/16

漢詩『涼州詞 』(唐)王翰(中国語朗読と感想文)

漢詩『涼州詞 』(唐)王翰(中国語朗読)


凉州词  (唐)王 翰  (簡体字)

葡萄美酒夜光杯,

欲饮琵琶马上催。

醉卧沙场君莫笑,

古来征战几人回。



涼州詞   (唐)王翰   (繁体字)

葡萄美酒夜光杯,

欲飮琵琶馬上催。

醉臥沙場君莫笑,

古來征戰幾人回。



小雨の一言:中国語版(日本語版は次回にいたします)

丝绸之路!
这条神秘的路。
人类文明的高度发展,也丝毫改变不了它的魅力。

在21世纪的今天,当你读起这首诗来,那异国般的风情,仍在吸引着你。

是从什么年代开始?又是根据什么古老的神话?
说在中国的西边有一个非凡的世界。

谁能忍得大苦大难,到达那个秘境,
“神仙们会用闪闪的玉杯,盛上血红色的葡萄酒来招待你;
仙女们会弹起琵琶,为你奏起闻所未闻的玉音……”
人们可能这样想像着。

不知经过了多少个年代,信者们终于走出了一条路,
后人叫它丝绸之路。

通过这条路,能到达天国的人当然善哉善哉。
可是,又有多少人为它离乡背井,身埋沙场,献出了自己的生命。
(用沙场来代表战场大概就是从这儿来的吧。)

在古代中国,去西域被称为男子汉大丈夫保家卫国的壮举。
这首诗历来也是爱国主义教育的诗篇。

小时候读起来确实激情满怀。

但随着岁月的流失,字里行间渐渐渗出一种说不出的伤感。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (1)

2007/05/12

漢詩『春夜洛城聞笛.李白』中国語朗読と古詩今釈(日本語と中国語)


春夜洛城闻笛 (唐)李白


谁家玉笛暗飞声,

散入春风满洛城。

此夜曲中闻折柳,

何人不起故园情。


古詩今釈:(小雨)

古诗今译:

ある春の夜、昼間の喧騒から静まりかえった大都会“洛陽”の町に、

どこからともなく密やかに聞こえてくる笛の音。

まるで美しい玉の音色。

在一个春天的夜晚,当洛阳这个大都市好不容易从白天的喧哗

走向深夜的寂静时,不知是从哪儿微微传来了一个笛声。

啊……多美的笛声!有如玉石般的清脆。

李白の全身に電流が走った。

李白心头不由得一震。

だれが、何のために、こんな夜更けに吹いているのだろうか?

是谁? 为何? 在这人静夜深里吹起了笛子?

私とおなじく旅人であろうか。

一定是位跟我一样的游子吧。

聞いているうちに惜別の曲「折楊柳」も流れてくるではないか。

何と切ない望郷の念を起こさせる別れの曲だろうか!

啊!传来了《折杨柳》的送别曲。那令人心酸的曲调啊!

李白は耳を澄まして聞き入った…

李白竖起耳朵听得入了神……

その音色が春風に乗って町中の旅人たちに届いているだろう。

这笛声大概已经让春风吹满了整个洛阳城,吹进了每一个

游子的心中。

どんな気持ちで聞いているのだろうか?離れた故郷、別れた友

人を思い出すに違いないだろう。

在这不眠的深夜里,都是以什么心情在听呢?

那远离的故乡,惜别的亲人,一定又一次浮现在眼前吧。

李白は万感胸に迫る思いに浸ってゆく…

此时此刻的李白,心中波涛汹涌,百感交集,

他的心早已回到了故乡……


★(注)


「折楊柳」という習慣は「柳 
liǔ」と「留 liú」の発音が近いから、

お互いに忘れないで、いつまでもその思いを心に留めておこう

という気持ちからの由来だと言われています。

古人送别时“折柳”也叫“折杨柳”的习惯,

据说是因为“柳 ”和“留”字是谐音(发音很近),

故折柳送行以表“留念之情”。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0)

2007/03/18

漢詩『尋胡隠君.高啓』本文解釈と中国語朗読を聴く


寻胡隐君    高启


渡水复渡水,

看花还看花。

春风江上路,

不觉到君家。


詩についての解釈と感想文:(日本語と中国語で)

日本語:

高啓のこの詩を読むと川辺の春風を肌で感じられる心地して
本当に気持ちがいいですね。

中国江南地方の風光明媚な景色が目の前に広がってゆきます。

水のせせらぎ、風のそよぎ、そして春風にゆれる花、
それらに誘われるままに、川を渡り、また川を渡り、

あちらで花を眺め、またこちらで花を眺め、
大自然の恵みを思う存分に楽しんで、

爽やかな春風そよぐ川のほとりをのどかにぶらぶら
歩いているうちに胡さんの家にいつの間にか辿り着いた事が趣
深く伝わってきます。

でも、忘れてはならないのは作者が大自然を楽しめる一番の理
由は隠居している友の胡さん宅を訪れ、会える喜びがあるから
です。

最後の一句「不覺到君家」はその理由を教えてくれました。

考えてみてください。独りぼっちで悲しみに暮れている人は、
いくら綺麗な花を見ても、杜甫の「春望」の詩のごとく、「感
時花濺涙」(悲しい時に花を見て、かえって涙がでる)ではな
いでしょうか。

花見の季節がそろそろやってきます。皆さんも心の通じ合う友
達と花見を楽しんで下さいね。


中国語:

高启的这首诗读起来,让人心情特别爽快。

中国江南地区的一幅春光秀丽的景色活生生地展现在我们眼前。

小桥流水,春风飘逸,鲜花怒放,
作者信步走来,渡过一条河又一条河,看了一处花又一处花,
尽情地享受着大自然的恩惠。

为什么他能这样纵情地享受,诗的最后一句「不觉到君家」

给我们点了题,因为他要去会他的朋友,他的心情本来就是愉快的。

一个陷在悲伤中的孤独的人,既使眼前有再漂亮的花,
也会像杜甫「春望」中的诗句「感时花溅泪」一样,连花也会使他伤心的。

一年一度的花季又要来临了,祝各位能和知心的朋友们一起,
共同享受这大自然的美景吧。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0)

2007/02/21

詩吟(音声)『望廬山瀑布.李白』(石川繁先生)を聴く(中国語朗読付き)


廬山の瀑布を望む       


日は香爐を照らして紫煙を生ず

遙かに看る瀑布の長川を挂くるを

飛流直下三千尺

疑うらくは是銀河の九天より落つるかと


(以上の朗読は2006.7.24の再放送です)


『望庐山瀑布』    李白


日照香炉生紫烟,

遥看瀑布挂长川。

飞流直下三千尺,

疑是银河落九天。


小雨の一言:

詳しいことは2006.7.24日の記事をごらんください。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/25

石川繁先生の詩吟(音声)『早発白帝城.李白』を聴く(中国語朗読もあります)


早に白帝城を発す   李白


朝に辞す白帝彩雲の間

千里の江陵一日にして還る

兩岸の猿聲啼いて住まざるに

輕舟已に過ぐ萬重の山


早發白帝城    (唐)李白


朝辭白帝彩雲間,

千里江陵一日還。

兩岸猿聲啼不住,

輕舟已過萬重山。


以上の朗読は2006.07.18の再放送です


『早发白帝城 』   李白

朝辞白帝彩云间,

千里江陵一日还。

两岸猿声啼不住,

轻舟已过万重山。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/29

漢詩『静夜思・李白』(中国語朗読と石川繁先生の詩吟)(音声)


静夜思   李白


床前明月光,

疑是地上霜。

举头望明月,

低头思故乡。




静夜思  李白


牀前月光を看る

疑うらくは是れ地上の霜かと

頭を挙げては山月を望み

頭を低れては故郷を思う



小雨の一言:


日本語:

天上の明月  ⇔   地上の故郷

冷たい明月  ⇔   暖かい故郷

侘しい明月   ⇔   懐かし故郷


なんて鮮明な対称でしょう。

明月を見て、故郷を思い出す気持ちが遠く故郷を離れ、

この日本に住んでいる私にとって身に沁みるほど分ります。


自分の意志で住んでいるのに、

一生帰らない覚悟をして住んでいるのに、

なぜか時々

帰ろう、帰ろう、故郷へ帰ろうと願っています。

特に、静かな夜、眠れない夜、その気持ちが

いっそう強まり、思わず窓を開け、何かを見よう

とします......

しかし、

見えるのは一輪の明月だけでした。


中国語:

天上的月亮  ⇔  地上的故乡

冰冷的月亮  ⇔  温暖的故乡

寂寞的月亮  ⇔  心慰的故乡


多么鲜明的对照。


「举头望明月,低头思故乡。」好像就是说的我自己。

是自己要远离故土,住在此处; 是自己下了决心,埋在此地。

但是,依然经常产生一种

“回去吧,回去吧,回故乡去吧!”的心情。

特别是在人深夜静的晚上,不能入眠的深夜,更是难以忍受。

经常会不由自主地打开窗户,想看看什么......

到底想看什么呢?连自己也不明白。

能够看到的只是挂在天上的一轮明月。


Buroguyousyasinn_2
聴き方がわからない方は
こちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/10/22

宋詞『小重山』(南宋岳飛)朗読と日本語訳文


以下の『満江紅』もお聴きください(4月4日の再放送です)


『小重山 』 岳飞


昨夜寒蛩不住鸣。

惊回千里梦,已三更。

起来独自绕阶行。

人悄悄,帘外月胧明。


白首为功名。

旧山松竹老,阻归程。

欲将心事付瑶琴。

知音少,弦断有谁听?


日本語訳文:(小雨訳)

昨夜季節外れの蟋蟀が鳴いた!
驚いて起きた、
もう夜の中。
ずっと夢を見ていたのか?
故里に帰る夢は...
階をうろうろ廻って、誰一人もいない、
ただ簾外の月が明るく照らしてくれた。

~~~~~

白髪になってなんのためだったのか!
故里の松と竹も私を待ちきれず
老いただろう。
帰りを阻む奴らは!

怒りを琴に当て激しく弾いた。
しかし、
「知音」がすくない。
だれが分かってくれようか、
絃が切れるほどでも。

小雨の一言:

岳飛、この偉大な名。同時にまた中華民族の歴史上の一大悲劇だと思います。
飞,这个响亮的名字。同时我又觉得他是中华民族历史上的一个极大的悲剧。

英雄は誰でも戦場で死にたいでしょう。しかし、岳飛はその「精忠報国」の「国」によって殺されたのです。

一个英雄谁都想死在战场,但是岳飞却是死在他「精忠报国」的「国」之手。

この事を思うと、「怒髪冲冠」、万丈の思いになります。

一想起这等事,就不由得悲愤交加,怒发冲冠。

なぜ? なぜ? なぜ?

为什么? 为什么? 为什么?

だれか教えていただけますか。

谁能告诉我?

中国歴代の統治者が自分の利益のため、1人の国民を殺すのには、確かに罪名は要りません。

中国历代统治者为了自己个人的利益,要杀一个人是随心所欲,不需要任何罪名。

岳飛は「莫須有」すなわち「罪名の要らない」罪名で殺されたのでした。

岳飞就是以「末须有」的罪名被杀害的。

世の中にこんな理不尽なことはありますか?

世上竟有这等岂有此理之事。

この『小重山』の詞を読んでも分かりますが、岳飛の一生はただ国を守りたい一心で、外国の侵略者を追い出したい、侵略者の手に落ちた故里を救いたい一心でした。

读了岳飞的这首《小重山》也可以看出岳飞的一生只是想保家为国,还我江山。

これは罪でしょうか?
有何罪?


嗚呼!真理を返せ!

呜呼! 还我真理!

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/05

『水調歌頭』蘇東坡(本文)とテレサテンの歌『但願人長久』を聴く

テレサテンの『但願人長久』を聴くとカラオケ
(歌詞本文は蘇東坡の「水調歌頭」です)


水调歌头    苏东坡

明月几时有?

把酒问青天。

不知天上宫阙,

今夕是何年?

我欲乘风归去,

又恐琼楼玉宇,

高处不胜寒。

起舞弄清影,

何似在人间!

~~~

转朱阁,

低绮户,

照无眠。

不应有恨,

何事长向别时圆?

人有悲欢离合,

月有阴晴圆缺,

此事古难全。

但愿人长久,

千里共婵娟。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/04

中秋節の名詞『水調歌頭』(宋)蘇東坡


『水調歌頭』の日本語訳文:(小雨訳)


神様、この酒を捧げるから、教えてよ。
月はいつからあったのか?
月の世界は今夜何年であろうか?
私は風に乗って月に帰りたいが、
しかし、
その玉の宮殿の寒さにもう耐えられないだろうね。
月の光の下で舞い、我が影は一緒に踊ってる。
まあ~、人間の世界はまだ住みやすいだろう。

~~~~~~~~

月の光は華麗な楼閣を回り、しだいに
低い窓と眠れない私まで照らしてくれた。
月よ月、人間に対して恨みはないだろうね、
どうして人が離れ離れのとき君は丸くなるの?

月が応える:
人間は悲しみがあれば、楽しみもある、
別れがあれば、出会いもあるじゃないか!?
月も曇りと晴れがあり、満月と新月もあるよ。
天上も人の世も完璧にはなり難い。
そうだね…


ただ願う!この世の人々が
いつまでも元気で長生きすることを。
たとえ千里離れていても、

同じ月の美しさを楽しもうよ。


小雨の一言:

時の経つのは速いものですね。
时间过得真快。

一年に一度の中秋節がもうそろそろです(今年は10月6日金曜日です)。

一年一度的中秋节马上就要到了(今年是10月6号星期五)。

中秋節と言うと、自然に蘇東坡の名詞『水調歌頭』が頭に浮かびます。この詞以上のものはないと、だれもそう思っているでしょう。

说到中秋节,自然会想起苏东坡的『水调歌头』。
谁都会认为没有比这更合适的了。


丙辰年(中国宋代、紀元1076年)の中秋節、蘇東坡は朝まで痛飲し、大いに酔って、この詞を書き下ろしました。

丙辰年(中国宋代、紀元1076年)的中秋节,苏东坡饮酒通宵达旦,大醉,作此篇。

当時の蘇東坡は密州(今山東省諸城県)に左遷中の身で、政治に対しての不満と弟の蘇轍(号:子由)に6年も会えなかったことに胸が一杯でした。

当时的苏东坡正被贬到密州,对政治的不满和跟弟弟苏辙6年也见不上一面的伤感,使得这位大诗人心中愤愤不平。

詞の前半は自分が仙人になったつもりで、いっそこの不公平な世を去り、月に帰ろうかと、幻想的な世界に吸い込まれてゆく...

词的上阕是幻想自己是个仙人,那么就干脆回到月宫中去吧,离开这个不公平的人世......

でも、もう凡人になった自分は月の寒さに耐えられないだろうと、あきらめました。

可是,已经成了凡人的我大概已经忍受不了那月宫的寒冷,还是算了吧。

詞の後半は月に不満を持ち、“君は人間に対して恨みはないでしょうね?どうして人間が孤独なときだけ丸くなるんですか...”

词的下阕是责问月亮,“你不会对人有什么不满吧,那为什么总是在人们离散的时候,你圆圆的?......”

もしこの詞が不満のままで終わったら、ここまで人々に愛されることはないでしょう。

如果这首词只是表达出了一种对现实的不满情绪,也不会这样地被人们所喜爱。

蘇東坡はやっぱり蘇東坡です。

苏东坡毕竟是苏东坡。

凄いのは自分がとても不遇な状況に置かれているけど、自分だけの悲しみに浸かっていることなく、代わりに世の中の人々に幸せになってほしいと願うところです。

他好就好在虽然自己处于不利的状态,但并不是只陷在自己的悲伤之中,而是希望自己的不幸能化为众人的有幸。

最後の“但願人長久、千里共婵娟。”の名句は中秋節の代名詞になっています。

最后的“但愿人长久,千里共婵娟。”已成了中秋节的代名词。

当時、蘇東坡は地方官でもあるから、庶民たちに“蘇青天”、“蘇公”など最高の敬語で尊敬されていました。

因为苏东坡当时也是一名地方官,所以老百姓都称他“苏青天”、“苏公”等,非常爱戴他。

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/24

漢詩 『望廬山瀑布』 李白 (中国語朗読)


『望庐山瀑布』    李白


日照香炉生紫烟,

遥看瀑布挂长川。

飞流直下三千尺,

疑是银河落九天。


小雨の一言:

廬山は江西省九江市にあり、中国で有名な避暑地です。
卢山位于江西省九江市,是中国有名的避暑胜地。

1996年に世界遺産にも登録されました。
1996年被列为世界文化遗产。

李白は廬山が大好きで、少なくとも5回以上登ったことがあり、隠居したこともあります
李白非常喜欢卢山,至少有5次以上登过卢山,并在卢山隐居过。

廬山についての詩も十篇以上ありました。
关于卢山的诗也有十多篇。

この『望廬山瀑布』は時期から見ると前回紹介した『早発白帝城』の延長線にあります。
这篇『望庐山瀑布 』从时间上来说是在前次介绍的『早发白帝城』的延长线上。

李白は二度目の流放で白帝城から南昌に帰る途中、廬山に寄りました。最後の廬山でした。
李白第二次流放从白帝城回南昌途中,又一次爬上了卢山。这是李白有生之年最后一次登卢山。

大難後のこの時の廬山は李白の目に仙境に映ったにちがいないでしょう。
大难后的卢山呈现在李白的眼里一定像仙境一般。

「香炉峰は紫色に包まれている」。紫色は中国で神様の色です。
「日照香炉生紫烟」。紫色在中国是代表神的颜色。

「滝がまるで銀河から流れ落ちたように」。
「疑是银河落九天」。

1000年前すでに「銀河」という単語が存在していましたね。
呵,在1000年以前就已经存在了「银河」这个单词了。

現代よりその時の「銀河」はもっと神秘的に見えたでしょうね。
与现在相比,当时的「银河」一定显得更加神秘吧。

もう60歳を過ぎて、大難から命を拾った李白は気持ちが落ち込むところか、
仙人になりましたよ。

已经60岁出头,从大难中捡了一条命的李白,不但没有
失魂落魄,而是成仙了。

この詩を読む私はただ感動、感激、尊敬、無言...
此时此刻,我只是感慨、激动、尊敬、无言...


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/18

漢詩 『早発白帝城』 李白 (朗読)



『早发白帝城 』   李白


朝辞白帝彩云间,

千里江陵一日还。

两岸猿声啼不住,

轻舟已过万重山。


小雨の一言:

李白と杜甫はともに中国唐の時代を代表する大詩人ですが、
李白和杜甫同时是代表中国唐代的两位大诗人。

どちらが好きだかと聞かれると、李白だとすぐ答えられます。
如果问我喜欢哪位的话,我马上会回答说喜欢李白。

杜甫の詩は現実的で、胸が痛むものが多かったが、
杜甫的诗充满了现实主义,读了让人心里隐隐作痛。

李白の詩は楽しいものが圧倒的に多いですね。
李白的诗令人感到愉快的却很多。

では、李白の人生が楽しかったから、楽しい詩を
たくさん作ったのかというと、そうでもないみたいです。

那么,是因为李白的一生过得很舒服,所以才写出那么多
令人愉快的诗吗?看来也不是那样的。

この『早発白帝城』は李白59歳の時、政治の乱に巻き込まれて、
今の江西省九江市に投獄され、

这篇『早发白帝城』就是李白59岁时,被卷入政乱,下投九江大狱,

後、貴州省の夜朗に流放された途中(二度目の流放)、
幸い白帝城で恩赦に会って、

后又被流放贵州夜朗,万幸在白帝城遇上全国大赦,

長江を下って妻のいる江西省南昌市に帰る時の作品でした。
顺长江而下回妻子所在的江西省南昌市时的作品。

その時の李白の心情はどうなんでしょうね。ただ愉快なだけでしたか?
当时的李白是什么心情呢?只是愉快吗?

でも、この詩を読むと愉快な気持ちになりますけど。
不过这首诗读起来倒挺愉快的。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/06/11

蝶恋花(答李淑一) 毛澤東 (朗読)


《蝶恋花•答李淑一》毛泽东(1957年5月11日)
    

我失骄杨君失柳,
杨柳轻扬直上重霄九。

问讯吴刚何所有,
吴刚捧出桂花酒。

寂寞嫦娥舒广袖,
万里长空且为忠魂舞。

忽报人间曾伏虎,
泪飞顿作倾盆雨。


中国の現代文豪郭沫若はこの詞を現代詩に
訳したことがあります。以下です。


我丧失了杨,你丧失了柳,
杨柳的忠魂,向月夜高空飘飘走。
吴刚啊,你有什么来款待他们呢?
吴刚捧出了他的桂花酒。
寂寞的嫦娥展开长袖,
为了安慰忠魂,在万里长空翩翩起舞。
他们忽听到人间降龙伏虎的消息,
那激动的泪水啊,刹时间化为一天大雨


蝶恋花(答李淑一) 毛澤東 (小雨訳)

私は誇らかな楊を失い、君は柳を失った、
楊柳は軽やかに重霄九に直上した。
呉剛に何があるかと訊ねて、
呉剛は桂花の酒を捧げだす。
寂しい嫦娥は長い袖を広げ、
万里の長空に忠魂のために舞う。
人間が虎を伏したと報せを聞き、
嬉しい涙はにわか雨のように飛び出した。


小雨の一言:

この詞を朗読したのは楊開慧女史(毛澤東夫人)を
偲ぶからです。

朗读毛泽东的这首词,是因为怀念杨开慧女士。

楊開慧女史は1930年10月に蒋介石側に逮捕され、
いろいろな酷刑を受けました。

1930年10月杨开慧被蒋介石方面逮扑,受尽了酷刑。

『毛澤東と縁を切れば、釈放する。』と言い渡されましたが、
“你只要宣布和毛泽东脱离关系,即可自由。”

彼女はきっぱり断りました。
被杨开慧一口回绝。

『革命のために、この命は惜しまない、私の死で革命が一日でも
早く成功すれば、それは望むところだ。』

“死不足惜,惟愿润之革命早日成功。”

1930年11月14日、ついに、殺害されました。
1930年11月14日终于被杀害了。

彼女は革命家として、妻として、母親としても申し分の
ない方だと思います。

杨开慧女士作为一名革命家、一位妻子和一位母亲
都是当之无愧的。

彼女に最高の敬意を申し上げます。
向杨开慧女士表示最崇高的敬意。

彼女の天国にいる魂が慰められるように。
愿杨开慧女士的在天之灵能得到安慰。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/22

春夜 北宋.蘇軾

春夜 苏轼

春宵一刻值千金,
花有清香月有阴,
歌管楼台声细细,
秋千院落夜沈沈。

日本語訳:2006.4.20小雨

春夜            
                 

春の夜は最高だ。
その一刻一刻を

無駄にしないでよ。

空を見てごらん、
おぼろな月は顔を

雲から出したり隠したりして、
寂しいあなたを
覗いでるじゃないか。
あなたに声を掛けているよ。
まだ分らないか。


この花の香りに酔いながら、
一緒に踊ろうよ、
朝まで。


高台から流れてくる
音楽にあわせて、
一緒に踊ろうよ。
私が消えるまで。


この誰もいないひそかな庭に

青春の一夜を大切にしようよ。

Photo

雨の一言:

漢詩は中国文化の最高の結晶です。
その素晴らしさは時と国境を越えて
人々を楽しませてくれています。

又、その奥意の深さは人々を悩ませているようだ。
子供の時、親からよくこの「春宵一刻値千金」で
「勉強しろ」と説教されました。

しかし、大詩人の蘇東坡がこの詩を書く時の心境は
勉強したい気持ちだったのでしょうか?
大人になると、どう詠んでも「違うよ」と言いたくなる。
「遊びも若いうち」ではないか?

漢詩を今の心境で分りやすい現代文で日本語に訳す
試みをしようと思いました。

多分十回訳して十回も違う訳文が出来上がってしまう
のではないかという気がします。


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/04/04

満江紅  (南宋 岳飛)

 

满江红  (南宋 岳飞)
怒发冲冠,凭栏处,
萧萧雨歇。
抬望眼,仰天长啸,
壮怀激烈。
三十功名尘与土,
八千里路云和月。
莫等闲、白了少年头,
空悲切。
(後半略)

満江紅  (南宋 岳飛)(小雨訳)

怒っているぞ!
髪は逆立って冠を突き飛ばしそう。
欄干に身を寄せて、
激しい雨が止んだところに。

眼を上げて、
空を仰いで叫んだよ。
この胸は激しく熱い。

三十にもなったが、
その戦功はまだちりと土、
形になっていない。

これからは
八千里の長征へ
雲と月とともに昼夜兼行で行こう。

急がなければ、
この少年の頭はすぐ白髪になる。
その時になったら、
ただただ
空しく悲しむ。

[小雨老師より一言]

岳飛は中国の有名な若き民族(漢民族)英雄です。
亡くなった時、たった39歳でした。
岳飛は自分がすでに三十歳にもなったのに、
目標達成にまだ程遠いのに喘いでいた。
でも、岳飛は三十の時、すでに文字も読めなかった平民から
大将軍になっていました。
しかし、自分の三十歳は?
まだ闇の中で、進むべき道も見つかっていませんでした。
人生は、比べることができませんが...
今の私からみれば、すごいです。

この詞は日本でも有名ですから、立派な訳はすでにあるでしょうが、
敢えて自分なりの訳をして、若き英雄に寄せる気持ちを託す。

 


聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/03/04

唐詩「送元二使安西」 王維


送元二使安西 王维(唐朝)

(元ニさんの安西に使するを送る)


渭城朝雨浥轻尘,

客舍青青柳色新。

劝君更尽一杯酒,

西出阳关无故人。


〖今译〗

 
渭城的早晨下了一场细雨,

湿润了大地使得尘土不扬。

客店周围青青的杨柳树啊,

雨后也显得格外清新美丽。


朋友,咱们就要分手了,

请再喝干这杯送别酒吧,

从这儿再向西走出阳关,

就不会再有老朋友了。


[小雨老師より一言(朗読の日本語訳ではありません)]

王維のこの漢詩は送別の詩の代表作です。
古くから友だちと別れる時、この詩が詠われてきました。
友情の深さ、別れの切なさ。人に感動をあたえます。

この詩から作られた有名な曲『陽関三叠』はテレサテン
(邓丽君)の歌『何日君再来』にも登場しました。

二番の『停唱阳关叠,重擎白玉杯…』です。
『別れの歌を止めよう、もう一杯を飲もう...』
という意味でした。

 陽関は敦煌市西南70公里外の南湖乡境内にあります。
シルクロードの要塞地でした。玉門関とともに
千古の名勝として詠われてきました。

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006/02/06

浪淘沙  李煜

浪淘沙  李煜


帘外雨潺潺,春意阑珊。

罗衾不耐五更寒。

梦里不知身是客,

一晌贪欢。

 ~ ~ ~

独自莫凭栏,无限江山,

别时容易见时难。

流水落花春去也,

天上人间。


[小雨老師より一言(朗読の日本語訳ではありません)]

2006年1月29日は中国の正月、春節でした。季節上はこの日から春が始まります。だから、春節と呼ばれます。中国語で『正月初一』、『大年初一』とも呼びます。28日は大晦日で、中国語で『除夕』と呼びます。『除夕夜』は中国で一年中一番にぎやかな夜です。この夜は寝たくても、寝られないよ。爆竹の音でね・・・
『爆竹声震耳欲聋,
烟火花驾雾腾空。
家家户户团聚一堂,
欢声笑语满天飞翔…』
日本の方の中国語学習サイトを見たら、一年中二回正月を楽しめるのはいいなぁ~と喜んでいるみたいですが。しかし、日本にいる『客』の身である私にとって一年中一番寂しい日です。この日をカレンダーから消したい!とても。
そんな時の『友』はやっぱり李煜の漢詩でした。李煜みたいな囚われた『客』ではないけど、『客』としての心情は少し分ります。

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

 

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/12/19

烏夜啼

《乌夜啼》   李煜

无言独上西楼,
月如钩,
寂寞梧桐深院锁清秋。

剪不断,
理还乱, 
是离愁,
别有一番滋味在心头。


 【今译】
默默无言,独自一人登上西楼。
天边残月如钩,寂寞的梧桐树啊
是否也和我一样的孤独?
窗外庭院深深,冷清的秋天也被锁在了里面。
而那剪而不断,理之愈乱的却是我的离愁啊
仿佛是另一番滋味在我的心头!


李煜(937-978滅ぼされた南唐の最後の国王でした。)彼の詩はまさに「千古絶唱」「千古哀音」である。哀しい時はだれでも思わず彼の詩を読むんでしょう。どんな哀しい気持ちでも彼には(囚われた身)勝るものはないでしょう。
だから、癒される。

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

人気blogランキング

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想、質問、リクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/11/28

『水調歌頭』蘇東坡



今回は宋詞の朗読です。

水调歌头    苏东坡

明月几时有?
把酒问青天。
不知天上宫阙,
今夕是何年?
我欲乘风归去,
又恐琼楼玉宇,
高处不胜寒。
起舞弄清影,
何似在人间!

转朱阁,
低绮户,
照无眠。
不应有恨,
何事长向别时圆?
人有悲欢离合,
月有阴晴圆缺,
此事古难全。
但愿人长久,
千里共婵娟。

聴き方がわからない方はこちらから聴いてみてください

人気blogランキング

↑聴いてみてよかったらランキングのクリックをお願いします
↓感想やリクエストなどは下のコメント欄へどうぞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/11/27

漢詩 『赤壁懐古』 蘇東坡

今回は漢詩(宋詞)の朗読です。
内容を深く理解するのは大変難しいですが、心をリラックスして朗読の響きを味わってみてください。

念奴娇 / 赤壁怀古
                苏东坡

大江东去,浪淘尽,千古风流人物。
故垒西边,人道是、三国周郎赤壁。
乱石崩云,惊涛裂岸,卷起千堆雪。
江山如画,一时多少豪杰。

遥想公瑾当年,小乔初嫁了,雄姿英发。
羽扇纶巾,谈笑间、樯橹灰飞烟灭。
故国神游,多情应笑我,早生华发。
人间如梦,一尊还酹江月。

| | コメント (0) | トラックバック (0)